1 衝撃の告白
二人の男女と一人の男が、テーブルを挟んで向き合っている。
「な、何だって!?」
笹井友樹(ささいゆうき)が立ち上がって叫ぶと、弾みで倒れた椅子が騒がしい音を立てて後ろに転がった。
「だからさ、友樹」
座ったまま応じるのは、中学で同級生だった鰐渕龍星(わにぶちりゅうせい)。
いかにも最近の若者らしい垢抜けた雰囲気は地味な友樹と対照的だが、当時は不思議と気が合いよく遊んだ。卒業後は進路が別れて疎遠になったが今も親友といっていい間柄だ。
「俺、千織(ちおり)さんと……お前の母さんと、付き合ってるんだ」
「な……ぬなっ……なっ……!」
五年ぶりに会った親友の口から突然飛び出した衝撃の告白に、友樹は酸欠の魚みたいな顔で口をパクパクと動かす。
「か、母さん」
龍星の隣に座る母、千織に目を向けた。
ブラウスにスカートという落ち着いた服装だが、決しておばさん臭くはない。むしろ清楚な印象すら与えるその佇まいは、柔和で優しい母の顔立ちにぴったりであった。
「わたしも、好き。龍星くんのこと、とっても大事に思ってる」
千織は穏やかに、しかしはっきりと友樹に向かって宣言した。
「っ……!」
友樹の胃がぎゅっと絞まる。全身の血が頭に逆流して、今にも血管の一本や二本、ぶちっと切れてしまいそうな気分だ。
「い、いつから……?」
かすれた声で、やっと尋ねる。
「去年の夏、ちょうど今頃だな。駅でばったり千織さんと会ってさ」
弾んだ声でなれそめを語り出すと、龍星は続きを促すように千織を見やった。
「うん。それでお茶をしたの。駅前の喫茶店で」
話を引き取った千織に、龍星がいたずらっぽく笑いかける。
「初めは近況を聞かせてとか言ってたのに千織さん、どんどん自分の話ばかりになって」
「う、うーん。だって、それは……ねえ」
龍星の指摘に頬を赤らめると、千織は話をごまかすように語尾を濁した。
「それから連絡を取ってちょくちょく会うようになったんだ。パソコンの調子が悪いから診てほしいとか、お礼にご飯でもとか、そんな感じで。そしたらあとは、まあ自然に……」
男女の深い仲になった。龍星の口ぶりからそんなニュアンスが漂う。
「そ、そう……」
二人の話を、友樹は頬をひくつかせながら聞いた。得体の知れない感情がざわざわと背筋を駆ける。にわかには信じがたい内容だが、両者に嘘をついている様子はなかった。
「ごめんね、友樹」
千織が申し訳なさそうに口を開く。
「母さん、淋しかったのかも。あの人のいない生活にやっと慣れたと思ったら、今度は友樹が遠くに行っちゃって、本当に一人になった気がしてたから」
「……!」
バットで殴られたような衝撃が、友樹の頭を走った。
とてつもなく痛い言葉だった。
高校卒業後の進路を決める時、友樹は経済的な負担と将来の高収入を考え、奨学金を出してくれる遠くの大学を選んだ。早くに父を亡くして以来、長い間一人で自分を育ててくれた母を楽にしてやりたい。そんな一心での選択だった。
だが、その判断が裏目に出た。
母にとっての一番は今までも、そしてこれから先もずっと自分。
何の疑いもなくそう信じていた友樹だが、現実は自分のあずかり知らぬところでまるで違う方向へと進んでいたのだ。
「そ、そう……」
友樹はからからに乾いた口をこじ開け、かすれた声で話し出す。
「だったら、それでいいんじゃ、ないかな。これは二人の問題……なんだしさ。僕がとやかく言うような話でも、ないわけだし……」
胸の内に湧き上がる何もかもを抑えつけながら、やっとのことでそう言った。
仕方なかった。
母の心情も考えずに自分の思いだけを優先させた息子がこの状況で言えることなど、他にはない。今になって己の決断をどれだけ悔やんでみても、全ては後の祭りだ。
「ありがとう、友樹。安心したよ。これで心置きなく千織さんと付き合うことができる」
いつの間にか母の隣に座っていた親友が、嬉しそうに言う。
「本当にごめんね。でも、変な気兼ねはしないで。ここは友樹の実家なんだから。ね?」
知らないうちに自分のものではなくなっていた母が、とりなすように笑った。
「あ、ああ……」
すっかりパートナーといった感じで呼吸もばっちりの二人に、友樹は引きつった作り笑いで応じるしかなかった。
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