「お別れだよ、聡美(さとみ)。僕が死んでも……君は、ずっと元気でいてね……」
やせこけた夫が、最後の力を振り絞って妻に別れを告げる。
「いやよ、そんなの! わたしずっと周一(しゅういち)さんと一緒がいい! あなたなしの人生なんて考えられない! だから死なないで! 死なないで、周一さん!」
涙で顔をくしゃくしゃにした妻が、すがるように夫の手を握った。
「……仙田(せんだ)周一さん。十二時三十四分、ご臨終です」
傍らで黙々と自分の仕事を続けていた医師が、事務的な口調で最後の務めを果たす。
「わたし、周一さんのこと絶対忘れないから! ずっと、いつまでもずっと、あなたと一緒にいるから! うわあああああん!」
永遠の愛を叫びながら、妻はいつまでもベッドの上で泣き崩れていた。
僕は今、幽霊になって自宅にへばりついています。
細かい話は割愛しますが、僕はこの世とあの世の分かれ道で成仏しないことを選びました。ただ家の中をぷかぷかと、くらげのように漂うだけの存在になったのです。
当然ですが、妻に触れることはできなくなりました。彼女は以前、霊感は全くないと話していたので、この姿を見てもらうことも不可能でしょう。
でも、僕はすごく嬉しいんです。
だって、また彼女の傍にいることができるんですから。
聡美の人生に寄り添って日々を過ごす。
かなわないと思っていたそんな願いが、形はどうあれこうして実現したんですから。
いつまでもずっと、君のそばに。
自分の人生を失い、最愛の妻を一人置き去りにした僕にとって、それはまさに無上の幸せといえる境地でした。
聡美の暮らしを、陰ながらそっと見守る日々が始まりました。
初めのうち、彼女はずっと落ち込んでいました。一日仏壇の前から離れず、涙を流し続けていることもしばしばでした。
「周一さん……何で……何でこんなに早く……まだ三十なのに……」
妻の痛々しい姿を見るのは辛いものです。
気づいた時にはもう手遅れだったとはいえ、病気なんかに負けて死んでしまった自分が実に情けなく思えました。
でも一方で、僕は密かな満足感を抱いてもいました。
聡美の変わらぬ気持ちを確かめられたせいでしょう。死んでもなお、妻が自分だけを愛してくれるというのは、夫としてやはり嬉しいものがあります。
本来なら、彼女を解放してあげた方がいいのかもしれません。
死んだ人間にいつまでも囚われるのではなく、自分だけの新しい幸せを見つけてほしい。
そう願ってあげられるのが、本当の意味で「よき夫」なのだとも思います。
でも、僕にはできませんでした。
肉体を失い、全ての物質をすり抜ける空っぽの存在になっても、僕の心には狂おしいほどの独占欲が昔のまま、いや、それ以上の強さではっきりと残っていました。
四十九日の法要は、自宅の仏間でひっそりと行われました。
不謹慎ではありますが、聡美の喪服姿には正直むらむらしました。
妻は凛とした大人の女性といった外見で、ひいき目を抜きにしてもかなりの美人です。
背が高くて、手足もすらりと長い。なのに出るところはしっかり出ていて、とても色っぽい身体つきをしていると思います。
実際、抱き心地も最高でした。
肩までさらりと伸びたちょっと癖のある黒髪に、それと好対照をなす滑らかな白肌。特別に大きくはないものの、手によくフィットする形のいいおわん型の乳房。きゅっとくびれた腰に熟した白桃を思わせるお尻と、芸術性すら感じさせる美しい脚部。そして何より、僕の全てを包むように呑み込んでくれた女の秘貝の、温かくぬめった感触。
何もかもが素晴らしくて、僕はいつだって聡美に夢中でした。
結局子供を授かることはありませんでしたが、結婚してから僕が体調を崩すまでの五年間、僕らは毎日のようにベッドの上でお互いの愛情を確かめ合っていました。
「じゃあ聡美くん、何かあったらまたいつでも」
「ありがとうございます、大下(おおした)部長」
参列者が引きあげる中、聡美はかつての上司と会話を交わしています。
僕にとっては直属の上司、妻にとっては新人研修時の指導役ということで、職場結婚に至る前から大変お世話になっている人です。
でも、そんなのはもうどうでもいいことでした。
(聡美……)
かいがいしく応対を続ける黒衣の妻を、僕はいつまでも飽きることなく眺めていました。
三ヶ月ほどが経って、聡美はパートの仕事を始めました。
「周一さん、今日から新しい仕事を始めたの。スーパーのレジ担当だけど、店長さんや同僚の人たち、みんな優しくしてくれるんだ。いい職場でよかったなあ」
毎晩、仏壇の前でその日の出来事を報告するのが聡美の日課になりました。
初めのうちは、他愛もない話ばかりでした。
今日はこんな仕事を覚えたのよ。ちょっと失敗しちゃってへこんじゃう。常連のお客さんが嬉しい言葉をかけてくれてやる気が出たわ……などなど。
僕は仏壇の周りをぷかぷか漂いながら、その全てをほほえましい気分で聞いていました。
ですが、働き始めて一ヶ月が過ぎた、ある日。
「ほんとにもう、神崎(かんざき)くんは……」
聞いたことのない名前が、妻の口から飛び出しました。
聡美の話を総合すると、神崎は品出し担当の新人で、ヤンキー風の若い男。
「何だと思ってるのよ、わたしのこと。ああいうオラついた男ってもうほんっとーにいや」
神崎は随分嫌われているようでした。聡美は他人の好き嫌いをはっきり口にするタイプではないので、こういうのは本当に珍しいことです。
「何が『俺、聡美さんのことマジっすから』よ。ありえないわ。もう最低!」
好物の梅酒ソーダをあおりながら、聡美は憤慨した顔で声を荒げました。
(え……?)
その言葉を聞いた瞬間、僕の顔からさーっと血の気が引きました。幽霊に血の気なんてあるはずもないのですが、感覚としてはまさにそんな感じでした。
(いや……でも、まあ……)
これなら脈はない。僕はすぐにそう気を取り直しました。
聡美は優しい性格ですが決して優柔不断ではありません。多分神崎は厳しいことを言われたあげく、あっさりとフラれるはめになるでしょう。
同じ男としては少し同情の念もありますが、それ以上に僕は嬉しさでいっぱいでした。
妻は、他の男になびいたりなんかしない。
そう考えるたび、僕の心はあふれんばかりの幸福感で満たされました。
ですが、さらに一ヶ月後。
風向きが、少し変わってきました。
「まさか、あの神崎くんがあんなことするなんて……」
言葉の断片を拾っていくと、どうも神崎は聡美の前で土下座をしたようでした。
そういえば僕も、彼女に交際を申し込む時にそんな真似をした記憶があります。競争相手も多かったので、ほとんど玉砕覚悟の告白でした。
『色々言い寄ってくる人はいたけど、こんなに必死な人は初めてだなって。そしたらなんか、胸がきゅんってなっちゃって』
晴れて夫婦になった後、妻は照れ臭そうな顔でそう振り返ってくれたものです。
聡美は外見や収入、能力よりも気持ちの面で男を評価する女性でした。いくら外見がよくて有能でも、心のつながりがなくては意味がない。それが固い持論でした。
そのおかげもあって僕はめでたく聡美と結婚できたわけですが、今となっては彼女のそんな性格は不安要素にしかなりません。
「どうしよう……わたし、びっくりしちゃって……でも、ちゃんとお話しないと……」
案の定、妻はぐらついているようでした。
口ぶりに前ほどの嫌悪感はなく、むしろ情にほだされている気配すら窺えました。
「……うん、そうだよね。まずはちゃんと向き合わなきゃだめだよね、やっぱり」
はじめの一歩を踏み出してしまうと、あとは早いものです。
「神崎くん、ちゃんと自分の考えを持ってる子だったよ。わたし彼のこと、先入観ですっかりダメな子だって決めつけてた。今度ちゃんと謝らなきゃね」
「この前のこと、話してみたよ。彼、優しく笑って許してくれた。あなたと同じ、とても安心できる感じの素敵な笑顔だった」
「今日もお出かけしたんだ。わたしの知らない世界を、彼はいっぱい知ってるの。七つも年下なのに、本当にすごいなって思うよ」
聡美と神崎のデートは、頻繁に繰り返されるようになりました。外で何をしているかまでは分かりませんが、二人の親密度が日に日に増しているのは確かでした。
「帰り道、繁華街を通りました。春夜(しゅんや)くん、がつがつ求めてくるかと思ったけど必死に抑えてました。いつもは大人びた彼のかわいい部分が見えて、とても嬉しかったです」
やけによそよそしい口調でそう語った時、妻の表情はすっかり恋する乙女のそれへと戻っていました。
それからほどなく経った、ある日。
聡美は仏壇の前に座ったきり、一言も喋ることはありませんでした。
落ち着かない様子であちこちに視線を走らせ、もじもじと身体をくねらせながら潤んだ唇に何度も手をやるばかりです。
「……」
妻のそんな姿を見て、僕は二人の間に何が起きたかを嫌でも察することになりました。
さらに数日後。
「今日、春夜くんに返事をしました。この前はキスされた途端に周一さんの顔が浮かんできて逃げるように帰ってきちゃったけど、今度はちゃんと気持ちを伝えることができました」
聡美はつきものが落ちたような顔で僕に語りかけてきました。
「彼は、それでもいいって……言ってくれました。心の中に旦那さんがいても構わない。俺の気持ちはそんなことじゃ全然変わらないからって……抱きしめてくれました」
(……!)
止まったはずの心臓がばくばく鳴り、もう動かないはずの胃がぎゅっと絞られます。
「ごめんなさい。いつまでもずっと一緒だって言ったのに。でも……」
結局、彼女がその先を口にすることはありませんでした。
その日は、突然にやってきました。
「おじゃましま~す」
神崎が汚い足でどかどかと、僕たちの家に上がり込んできたのです。
(う、うわ……)
僕は絶句しました。
聡美が「春夜くん」と呼ぶ青年は、想像以上にオラついた男でした。
今どき珍しいくらいの派手な金髪にピアス。シャツやズボンはドクロだらけで、よくこれでスーパーに採用されたものだと逆に感心してしまうレベルの見た目です。
「うーわー、聡美さんのメシ、マジうめ~」
「うふふ、ありがとう。おかわりあるから、どんどん食べてね」
(く、くそっ……!)
自分の席に、他の男が。
その事実を突きつけられただけで、僕はもう心が折れそうでした。
でも、こんなのはほんの序章にすぎません。
一人暮らしの女の家に、若い男が上がり込む。それが何を意味するかなど、わざわざ考えるまでもないでしょう。
聡美は……妻は……僕の目の前で、神崎に抱かれました。
「えっと……」
神崎と交わる直前に、下着姿の聡美が仏壇の前に置いてある僕の写真を伏せました。多少は後ろめたいのかもしれませんが、結局、謝罪はもちろん一言の言い訳すらも、妻の口から聞くことはありませんでした。
(さ、聡美……)
僕は暗澹たる気持ちで、神崎の待つ寝室へ入る聡美を見つめます。
「お待たせ、春夜くん」
「へへ、ようやくだな」
ぺろりと舌なめずりをすると、神崎はすぐさま聡美に手を伸ばし、成熟した肉体をがつがつ貪り始めました。
「そら」
少々乱暴なキスを済ませてから、慣れた手つきで裸にひんむきます。
「あ、あんっ……」
若くて旺盛な性欲にあてられたせいか、聡美の美しい肌はいつにもまして艶めかしく輝いていました。
(さ、聡美……)
僕は妻の名を呟くことしかできません。
こんな状況でさえも聡美を美しいと思ってしまう自分への嫌悪と、訳も分からず押し寄せてくる興奮がないまぜになって、頭の中はもうぐちゃぐちゃでした。
「へへ。ほんと、いいおっぱい」
神崎の無骨な手が、聡美の胸をぐにゅりと歪めます。
(あ、ああ……)
目の前が真っ暗になりました。
聡美の乳房を、あの柔らかな感触を味わうことができるのは僕だけのはずでした。それを、あんな頭の悪そうな男に……屈辱です。
「ほら、入れるよ」
がっついた愛撫を繰り返した後、神崎は正常位に構えて聡美の秘所にペニスを当てました。
(お、おい!)
その大きなサイズもさることながら、最初からコンドームをつける気などさらさらないのが余計に腹立たしく思えました。
「う、うん」
聡美は聡美で特に抵抗するでもなく、ナマの肉塊を受け入れています。
(さ、聡美……君はもう、そいつに……)
おぞましい想像が、ちらりと脳裏をよぎりました。
「ふんっ」
「あっ、あぁん!」
挿入された途端、聡美はのけぞるように全身を引きつらせました。
「そら、今日は本気でいくよ! そら、そら、そら、そらっ!」
「はっ! ふぅんっ! あっ! あぁあんっ!」
肉壁を削るようなピストンが繰り出されるたびに、夫である僕がただの一度も聞いたことのないような嬌声を張り上げます。
「ほら、どう? 旦那さんよりもいいでしょ? ね? ほぉら!」
「んふぅっ! い、いいのぉ! あの人のよりも! ずっと! いいのおおおおっ!」
「へへ、ようやく言わせてやったぜ! おらっ!」
「あっ、あぁあんっ!」
神崎の勝利宣言に合わせるように、二人はどんどん加速していきました。
「ほら、中に出すよ! いいね! いいよね!」
「はっ! はうぅんっ! 大丈夫! 今日は大丈夫な日だからっ! きて! きてぇえっ!」
「しゃっ! おらおらおらおらっ!……おらぁっ!」
「んっ!……はうぅっ……ん、んんっ!」
神崎の動きが止まり、聡美がびくびくっと震えました。何が起きたかなんて、もはや考えるまでもない状況でした。
(あ、あああ……)
僕は絶望的な気分になりました。妻を奪われたうえに、どうやらオスとしても完全に敗れたようです。本当に、涙がこぼれそうでした。
「ふーう、出た出た。じゃあ少し休んだらもう一回ね。今度はもっと凄いことすっから」
「う、うん……」
腕枕をしながら耳元でささやく神崎に、聡美はぽーっと上気した顔で答えます。
(さ、聡美……)
かつて僕らのためにあったはずの夫婦の寝室は、今やすっかり聡美と神崎のための空間へと変わっていました。
初めこそ仲睦まじい様子の二人でしたが、関係は徐々に悪化していきました。あくまで心のつながりを求める聡美と、釣った魚には餌をやらない神崎。すれ違いは歴然でした。
「ちゃんと全部飲めよ。俺様の貴重なションベンだからな。一滴もこぼすんじゃねーぞ」
「ん、んぐっ……ぐふっ……げ、げほっ! げほげほっ!」
「あーあ。たく、使えねーババアだな。よーし、じゃあお仕置きだ。ケツなめ十分」
「げっ、げほっ……そ、そんな、そんなの……」
「るっせーな、さっさとしろよ。ほれ」
「んっ! んんーーっ!」
やがて、神崎は腐った欲望をむき出しにして、聡美を慰みものみたく扱い始めました。誠意あふれる好青年の姿はどこへやら、その姿は醜い征服者でしかありません。
(く、くそっ! やめろっ! このっ!)
僕は神崎に殴りかかりましたが、実体のない手足は空を切るばかりでした。それどころか、自分の方が宇宙遊泳でもしているみたいにくるんとひっくり返ってしまう始末。
(もう、死にたい……)
冗談でも何でもなく、僕はそんなことを考えるようになりました。
結局、二人は三ヶ月ほどで破局を迎えました。
破局といっても、神崎が聡美をポイ捨てしたのが実際のところですが、それでもあんな男と縁が切れたのは本当によかったと思います。
「えーと、待ち合わせの場所は……っと」
聡美が仏壇の前に座ることはすっかりなくなりましたが、見た限りでは徐々に精神の平静を取り戻しているようでした。
「よし、オッケー」
傷心の特効薬は時間、ということなのか、少しずつ笑顔も見えるようになっていきました。
そんな、ある日のこと。
聡美は別の男を寝室へと招き入れました。
「ふふ、この辺がいいんだろ? それ、そぉれっ」
あろうことか、今度の相手は大下部長でした。
「あ、あんっ、あぁあん!」
布団にあぐらをかくチビデブハゲの中年にしっかりしがみつきながら、妻はされるがままに挿入を許しています。
(さ、聡美が、部長と……)
大体の事情は想像できました。
神崎に捨てられた聡美は、心の支えをかつての指導役である部長に求めたのでしょう。
見た目こそぱっとしませんが、部長は女性の扱いがとても上手な人でした。相手の心を重視する聡美には、部長がさぞ包容力のある大人の男性に思えたに違いありません。
「それにしてもまさかこんなことになるなんてね。人生、分からないものだな」
つんと勃った乳首を丹念にねぶりながら部長が漏らしました。
「そ、それはっ……部長が、部長が色々相談に乗ってくださった、からっ……」
聡美の声は、既にとぎれとぎれです。
「そうかい、そうかい。お役に立てて何よりだよ」
にやりと笑った部長が、妻のふくよかな谷間に顔を埋めました。
「じゃあせっかくだし、たっぷり楽しませてもらおうか……なっ!」
「あっ、あぅうんっ! あぁあんっ!」
年齢に似合わぬ猛った剛直にずん、と突き上げられ、聡美の身体は敏感に反応します。
「そ、それでっ……部長っ……お、奥さまっ……とはっ……!」
「ああ、大丈夫だ。もう少し待ってくれれば妻とはちゃんと別れるよ。だから……なっ」
「はっ、はいぃっ!」
肉の交わりを続けながら、二人はそんな会話を交わしていました。
「私が愛しているのは聡美くん、君だけなんだ。それに……仙田くんだってきっと君の幸せを願っているはずだよ。あの世からね」
僕の名前まで出して、部長は白々しく語ります。
(くっ……!)
僕は歯噛みすらできませんでした。
確かに、その通りではあります。僕の願いは、いつだって聡美の幸せでした。でも、それを分かったような顔で他人に決めつけられる覚えはありません。
「ふふ。どんどん濡れてくるよ、聡美くん。ますます興奮しているのかな?」
部長がまた、聡美の耳元でささやきかけます。
「はっ、はいぃっ! 部長に、こうしていただいてっ! 愛して、いただいてっ! わたし、嬉しいですうっ!」
聡美は小娘のように素直な反応を見せました。その言葉通り、両者の結合部からはみだらな汁がとめどなく、大量にあふれ出していました。
「よし。だったら……」
部長は聡美と密着したまま、ゆっくりと布団に倒れかかります。
「今日はこのまま……いいね?」
「はっ、はい! 部長ならっ……部長が相手ならっ……わたしっ……!」
促されるままに、聡美はにやついた中年男の精を受け入れる態勢を取りました。
(さ、聡美……!)
僕は、悔しさのあまり卒倒しそうでした。神崎の時にはまだ「安全日だから」という建前がありましたが、今の彼女にはもうそれすらも必要ないみたいでした。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふぅんっ!」
「あっ、あっ、あっ、あぁんっ!」
たるんだ肉を震わせる部長に、聡美が甘い声で応えます。その間も二人の身体はぴったりと密着したままでした。
「ふっ!……うっ!……うぅっ……!」
「あっ!……あんっ!……あぁあんっ!」
測ったようなタイミングで、両者に絶頂が訪れました。
セックスの相性がいいということなのか、そこに達するまでの呼吸は、傍目にもぴったりに見えました。
「聡美くん……」
「んっ……ぶちょお……」
部長と聡美は抱き合ったまま離れず、何度もキスを繰り返します。
(……)
そんな二人を、僕はただ呆然と見つめていました。
「はっ、ふっ、ふぅっ!」
「あっ、あんっ、あぁあんっ!」
今日も聡美は部長に抱かれています。メス犬のような四つん這いで尻をさらけ出しながら、部長のたぎった男根を身体の奥深くまで受け入れています。
「おぉっ! この突き心地、やはりたまらんなぁ!」
「はっ! あぁあんっ! 部長っ! ぶちょおぉっ!」
太ももがぶつかる音と甲高い喘ぎが、僕の耳に刺さりました。
(聡美……聡美……)
僕はとことん無力でした。どれだけ悔しくても、歯がゆくても、できることは何一つとしてありません。ただバカみたいにぷかぷかと宙に浮いているだけです。
多分、二人の仲は長続きしないでしょう。
部長は表向き愛妻家で通っていますし、年頃の娘さんもいます。何より他人の目を気にする性格なので、本気で離婚に踏み切るとは思えません。となるとあとは愛人しかありませんが、心のつながりを求める聡美がそんな不毛な道を望むことは到底ありえないでしょう。
つまり、この部屋にまた別の男がやって来る可能性は大いにある、ということになり……。
(くっ……)
想像するだけで吐きそうになりますが、それでも僕はここを離れることはできません。
彼女がこの世を去るまでちゃんと見届ける。
そんな誓いのもとに僕は成仏しない道を選びました。何が起きても、どんな状況になっても、すぐそばでじっと傍観していることしか僕にはできないんです。
「あっ、あぁんっ! いぃいっ!」
他の男のペニスを咥え込んだ妻が、はしたないよがり声をあげています。
(聡美……)
それでも、僕はここにいます。
(さと、み……)
ここにいるしか、ないのです。
「はっ! あぁあんっ! いくっ! イくううううううっ!」
いつまでもずっと、君のそばに。
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