(ほっ……)
希恵子は内心、安堵の吐息をついた。
鈍いといえばその通りだが、和臣のそんな性格が希恵子は好きだし、自分に対し何の疑問もなく安心感を抱いてくれているのが嬉しくもあった。
それに正直なところ、希恵子からすればその方が都合がいいのだ。
黛と接することで和臣が日頃の憂さを晴らせるなら、それはそれでよし。
あとは自分が何食わぬ顔で黛との日々をやり過ごしさえすれば、何の問題もなく事は運ぶ。
「……」
そこまで考えを進めたところで、希恵子はぐっと胸を詰まらせた。さも当然のように打算的思考を巡らせてしまう己の醜さに、心がチクリと痛む。
「とにかく気分転換になったならよかった。和臣さん、最近少し頑張りすぎのような気がしていたから」
それでも背に腹は代えられないと、そんなことを言って和臣に笑顔を向けた。
「ん? うーん、そうかな。まあ確かに気分転換っていうことで飲んだんだけど、今日は話の流れでお開きになっちゃったし……」
だが希恵子の言葉に、和臣は何やらもごもごと語尾を濁すばかり。
「え……そう、なの」
話の流れとは何だろう。
そんな疑問がちらりと頭をよぎった希恵子だが、それは口に出さずに、とりあえずの相槌を打つだけに留めた。
「遅くなると思ったから有り合わせのものしかないけど……何か食べる? あ、お茶漬けとかならすぐに――」
「い、いや、いい。いいよ」
続く希恵子の質問にも、和臣はぎこちなく首を振って答えた。
「きょ、今日は、その、すぐ寝るんだ。うん、寝る」
そう言って、落ち着かない様子でそわそわと寝室の方を見やる。
言葉とは反対にあまり眠そうではない和臣だが、希恵子としてもわざわざそれを問い詰める気にはなれない。
「そ、そう……じゃあ、わたしも……」
首を傾げながらも、結局希恵子は夫に合わせて、早めに就寝の準備を済ませた。
* * *
「希恵子さん……いいかい?」
「!」
「……寝ちゃった?」
「い、いいえ」
「そう、よかった。どうかな……今から」
「ご、ごめんなさい。今日は、その……疲れているから……」
「……そっか」
「ごめん、なさい……」
「いや……いいんだ。仕方ないよ」
「ごめんなさい……本当に」
「いいって。じゃあ……おやすみ、希恵子さん」
「……おやすみなさい……和臣さん」
※全文をまとめ読みしたい方はこちらから!
- 関連記事
-