* * *
さほど立地のよくない、どうにかこうにかの1LDK。
玄関先では、帰宅したばかりの和臣とそれを迎えに出た希恵子が言葉を交わしている。
「今日はもうちょっと残業する予定だったんだけどね。希恵子さんに電話してすぐ、黛さんに誘われてさ」
「へ、へえ」
黛の名前が出た途端、希恵子が微かに声を震わせた。
和臣に報告されるまでもなく、希恵子は全てを知っている。
何しろ、会話の一部始終を聞いていたのだ。黛の熱くたぎった肉棒で、女の秘穴を串刺しにされながら。
だが今の希恵子にとって、黛はあくまで「和臣との話でしか知らず、会ったこともない人」。決して、それ以上の存在であることを悟られるわけにはいかない。
「そうなんだ……楽しかった?」
何げなく、話を続ける。
「うん、とても。いやー、でも黛さんは本当に凄い。物知りで、話が面白くて、アドバイスも的確。僕もああいう人になれればなあ……」
「……そう?」
心底羨ましそうに語る和臣に、希恵子の言葉が若干刺々しくなった。
あの下劣な男の、どこがそんなに凄いというのか。
もし自分の大好きな夫が、あんな男のようになってしまったら。
そんな想像をはたらかせるだけで、希恵子はうんざりした気分と恐ろしさが入り混じった、何ともやり切れない心境になる。
(あ……)
だが、今の態度はちょっとあからさますぎたかもしれない。
「あ、あの……」
慌てて和臣の顔色を窺ってみる希恵子だが、夫には何の変化もなかった。
「うーん、そのうち家に招待してみるのもいいかな。でもあのバーだからこそ、お互いうまく話せているのかもしれないし……」
そんな脳天気な悩みを口にしながら、相変わらず上機嫌に微笑むばかりである。
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