和臣が初めて希恵子と出会ったのは、大学のゼミ室であった。
「鎌田(かまだ)希恵子です。よろしくお願いします」
「あ、は、はい。どうも、よろしく」
恋に落ちるまでに要した時間は、きっかり一秒。
いわゆる、一目惚れというやつだった。
「あるんだなあ、こういうこと……」
それまでは「そんなこともあるのかな」程度だった和臣にとって希恵子との出会いはまさに青天の霹靂。大袈裟でも何でもなく、人生観が変わるほどの衝撃を受けた。
希恵子は入学早々、あっという間にゼミのアイドルになった。
元々が硬派な民俗学系で女っ気のないゼミだったこともあり、競争は苛烈を極めた。
後で聞いた話では、クラスでも大変な人気だったそうで、ミスコンでもやればぶっちぎりの優勝は確実という状況だったらしい。
「鎌田さん、いいよなー」
「へっへー、俺希恵子ちゃんって呼んでるぜ。美人だし、性格もいいし、身体とかむちむちですっげーエロいし、もう最高だよなー」
「あー、何でもいいからああいう子とヤりてー。なんかチャンスねーかなー」
「……」
正直、周囲の連中のがっつきぶりには少々引くものがあった。どれだけ女に飢えているのか知らないが、自分にはとても真似できそうになかった。
だから和臣はできるだけ節度ある、紳士的な応対をするように心がけた。
結果として、それは功を奏した。
交際を申し込んだ日のことは、今でも鮮明に覚えている。
前日は緊張のあまりほとんど眠れず、目の下にクマを作ったまま大舞台に臨んだ。
場所は、大学から少し離れた小さなカフェ。
講義が終わると、よくそこで熱いコーヒーを飲んだ。安い店で、初めて入った時はこれ多分インスタントだ、と心の中で苦笑いしたものだ。
告白するならこの店で、というのは初めから決めていた。
安かろうがインスタントだろうが、そんなことはどうでもよかった。とにかく自分の好きな場所で、好きな女の子に気持ちを伝えたかった。
「僕と、付き合ってください」
ろくな前置きもないまま、和臣は率直にそう言って頭を下げた。
その一言を口にするために、どれほど勇気を振り絞ったことだろう。あれほど心臓に負担のかかった言葉は、後にも先にも記憶にない。
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