(でも……)
その一方でむくむくと首をもたげてくるのは、黛への反発心。
愛情と金銭の有無は関係ない。
黛の理屈だと、貧乏人の夫婦愛は安っぽいということになってしまうではないか。
断じて、そんなことはないはずだ。
ましてこんな男が「鍛えられた安くない人間」であるというなら、自分は安い人間で大いに結構だとすら思えてくる。
「では」
心の中で気勢を上げる希恵子をよそに、黛は壁掛けの大型テレビへ足を向けた。
「本題に入るとしましょうか」
そう言って、テレビ下の細長い穴に差し込まれたプレイヤーにDVDをセットする。
すぐに、再生が始まった。
チープなBGMに乗って、安っぽい字幕のタイトルがでかでかと画面を占領する。
「……は?」
希恵子の声が、綺麗に裏返った。
「に、人気女優、ソープランド……どきどき初体験?」
唖然とした表情のまま、長いタイトルの要点だけをかいつまんで口にする。
「はい、そうです」
黛は柔らかな、しかしいかにも腹に一物抱えている感じの顔でにっこりと頷いた。
「商業用のAVなんですけど、これがなかなかいい出来と評判でしてね。実際の店でも研修に使われたりしているそうです」
「は、はあ……」
希恵子はどうにかそれだけ答えたが、後につながる言葉はない。
平日の昼下がりにラブホテルへ連れ込まれ、ソープもののAVを見せられる。そんな異常な状況を受け入れる覚悟など、はなから持ち合わせているはずもなかった。
「で、奥さんにもこの技術を習得してもらおうと思います」
「……え? えぇっ?」
考えられないような展開は、さらに続く。
「今日中にできるだけマスターしてもらいますよ。もっとも、もちろん報酬はありませんし、客はいつまで経っても私一人なんですが」
「きゃ、客って……」
うろたえる希恵子を尻目に、黛はそそくさとリモコンを操作。プレイ部分まで場面を早送りすると、タイミングよく一時停止のボタンを押した。
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