* * *
黛との次なる逢瀬は、三日後であった。
場所は、同じホテルの同じ一室。
元々値段の高い部屋であることに加えて、二人とも衣服を身につけたままソファーに並んで座っているため、ぱっと見には爛れた関係というより小旅行に訪れた夫婦のようである。
「……」
希恵子は隣に座る黛を警戒しながら、身動き一つせず沈黙を守った。
とにかく、何度抱かれようが気にしない。
今日こそは何をされようが人形のように心を殺して、ただ時間が過ぎるのを待つだけ。
三日間かけて固め直した己の意志をぶつけるように、希恵子は視線にあらん限りの威圧感を込めて黛を睨みつける。
「さて、と。今日はまずこちらを見てもらいましょうか」
希恵子の目など何ら気にするでもなしにそう言うと、黛は手元のカバンから一枚のDVDを取り出した。
「まあ、こいつでも飲みながら」
続いて水筒型の魔法瓶とコーヒーカップを引っ張り出し、慣れた様子でとぽとぽと焦茶色の液体を注ぐ。
「さ、どうぞ召し上がれ」
恭しい手つきで、希恵子の前にカップを差し出した。
「……」
ほんのりと苦味の混じった芳ばしい香りが、ふんわり優しく希恵子の鼻腔をくすぐる。
(何だっていうの、一体……)
本当はさっさと事を済ませて帰りたかったのだが、この流れではそうもいかない。
「いただき……ます」
一応それだけ言うと、希恵子はカップに口をつけ、中身をちびりとすすった。
「……美味しい」
思わずこぼした一言は、嘘偽りのない、本心。
「でしょう。今日のは自信作なんですよ」
黛が、コーヒー豆を連想させる薄褐色の顔面に、言葉通りの自信ありげな笑みを浮かべた。
「こういう言い方はなんですが結構な高級品です。豆を取り寄せるところから始めて、全てを自分で仕上げました。インスタントも悪くはないが、たまには手間ひまかけてこういう本物を味わい、舌を鍛えた方がいいでしょう。安物に慣れすぎると人間、心まで安くなります」
「……ええ」
少々押しつけがましい黛の持論を、希恵子はあえて否定しなかった。
確かにそれは、一面の真実だとは思う。
長い貧乏暮らしですっかり所帯じみた感覚が染みついてしまった希恵子には、少々耳の痛い言葉でもあった。
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