「ま、こんなもんです」
「……」
何となく自慢げな黛の口ぶりを苦々しく思いながらも、希恵子は状況を確認するように目をちらちらと周囲に走らせる。
ラブホテルにしてはかなり広い浴室の床には、妙につやつやした光沢のあるマットがでんと敷かれていた。傍では真ん中がくぼんだ安っぽい黄金色の椅子が異様な存在感を放ち、さらにその周辺には洗面器やプラスチックボトルといった小物がちょこんと鎮座している。
「さて、それでは勉強の成果を見せてもらいましょうか」
まるで自動車教習所の教官を思わせる口調で、黛が言った。
「私は何も口を出しませんので、とりあえず覚えた通りやってみてください」
「……」
下品な笑顔をたたえながら面倒な注文を出す黛に、希恵子は侮蔑の視線をもって応じる。
実を言うと、勉強の成果は既に出ていた。
希恵子は浴室の様子を一見しただけで、どれが何のための道具か、たやすく理解することができた。
もちろん、最初から知っていたものなど一つもない。
全てはここに来て、強制的にDVD学習をさせられたことで得た知識だ。
(ほんと、何なの……)
希恵子は内心、呆れるしかなかった。
こんなことをして一体何の意味があるのか。この黛匡一という男の思考回路が、希恵子には一から十まで理解不能である。
羞恥に怒り、そして疑問。
様々な感情が渾然となって胸にぐるぐると渦巻いたが、希恵子はそれらの思いを一つとして口にすることができなかった。
「いやあ、楽しみです。待ちきれなくて、もうこんなになってしまいましたよ」
「……」
屹立した股間を隠すこともなく全裸で仁王立ちする黛に、希恵子は心の底から辟易した。
(もっとも……)
一糸まとわぬ裸体を晒しているのは、希恵子とて同じ。
昼間からラブホテルで夫以外の男にこんな姿を見せている自分が何を訴えてみたところで、説得力は皆無であるように思えた。
「では」
黄金の椅子にどっかりと腰掛けると、黛が入口近くから離れようとしない希恵子にちら、と視線を飛ばす。
「は、はい」
その意図を理解した希恵子が、おずおずと足を動かして黛の前に回った。
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