「古沢さんは?」
「あー、まあいい人だとは思うけど……」
希恵子自身が会話に加わることはほとんどなかったが、友人同士で身近な男の品評会が開催された時、和臣に対して最も多く下された評価がそれであった。
いい人だけど、頼りない。
いい人だけど、将来性がない感じ。
いい人だけど、エッチとか下手そう。
さすがにそこまではっきり口にする者は少なかったが、だからといって「けど」が消滅するわけでもない。和臣を表す上で「いい人」と「けど」は枕詞のように切り離すことのできない言葉だった。
だが、希恵子は胸を張って断言することができる。
そういう人だったからこそ、自分は和臣に惹かれたのだ、と。
昔から言い寄ってくる男は少なくなかったが、その誰もがいやらしく下品な――ちょうど、今の黛のような目で――自分を見た。それがたまらなく怖かったし、不快だった。
だが、和臣からそんな淀んだ空気を感じたことは、ただの一度もなかったのだ。
「頼りない」は「でも優しい安心感がある」と。
「将来性がない」は「だったら自分が支えてあげたい」と。
「エッチとか下手そう」は「誠実で真っ直ぐな愛情があればそんなことは関係ない」と。
そんな風に一途に思い続けた結果、希恵子は念願叶って和臣と夫婦になることができた。
和臣はいつだって他の何にも代えられない安らかな幸せを与えてくれる。
希恵子にはそれが何より嬉しかったし、それだけで十分に満たされていた。
なのに、この黛匡一という男は。
「世の中分からないものですよ。あの和臣くんにこの奥さんですからね。金があるわけでも、仕事ができるわけでもない。でも嫁さんは驚くほど綺麗。本当、理不尽なもんです」
希恵子の幸せを平気な顔で踏みにじり、勝手な言葉をつらつらと並べるばかりだ。
「理不尽って……」
「ふふ、でもまあ、そう捨てたものでもないですかね」
悔しそうに唇を噛む希恵子に、黛は口の端を歪めながらにやりと笑いかける。
「いつか何とかしたい。そう思っていたところに絶好の機会が巡ってきた。それをつかんで、こうして奥さんの身体を手に入れることができた。悪くないと思いますよ」
「そんな、言い方……」
「間違ってはいないでしょう? 我々の関係はあくまでも身体だけ。しかもたった三ヶ月だ。大したことじゃないんですから、もっと気楽にいきましょうよ、気楽に」
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