(何なのよ、もう……)
その陰湿なまでの用意周到ぶりに、希恵子はますます黛への嫌悪を強くする。
(でも……)
ホテルが閑静な場所にあって、人目につく心配が全くない点に関しては少しほっとした。
何しろ、世間は広いようで狭い。
黛と一緒の場面を誰かに見られたら。
ましてや、ホテルへの出入りを目撃などされようものなら。
希恵子にとってその事態は、恐怖以外の何物でもなかった。
「よい、しょっと」
入口近くでマネキンのように突っ立ったまま動こうとしない希恵子を尻目に、黛は奥にある一人用の椅子をずるずると引きずり出して座った。
「ようやく、たどり着きましたよ」
ふんぞり返るように背を反らすと、長年探し求めていた宝物を手に入れたような、達成感のある声で呟く。
「……」
立ち尽くす希恵子の顔に、不快感がじんわりとにじんだ。
「最初はこんなつもりじゃなかったんですよ、本当に。よく行くバーで和臣くんと知り合い、何度か話すうちに自然と相談を受けるようになった。それだけなんです」
「……」
どこか弁明めいた黛の言葉にも、希恵子はやはり沈黙を貫く。
本心とは到底思えなかったし、今さらそんなことなどどうでもいいという、どこか捨て鉢な感情もあった。
とにかく、自分はこれから借金のかたになるのだ。
虚しさ、失望、やるせなさ。そして何より、和臣への後ろめたさ。
そういった負の感情だけが次々と押し寄せ、希恵子の心を腐ったヘドロのようにどろどろと侵食していく。
「でも初めて奥さんの写真を見せてもらった時、こう、びびっと来たんですよ。電流が走るというか、雷が落ちたというか……。いつか、チャンスがあれば。すぐ、そう思いました」
希恵子の心情などまるで慮ることなく、黛はなおも語った。
「こんな言い方はなんですが、奥さんが美人で、正直意外だったんです。何せあの和臣くんのお相手ですからね。彼は善人かもしれないが、決して女にモテるタイプではない」
「……」
歯に衣着せぬ黛の放言に、希恵子がむっとした顔で眉をひそめる。
でもそれは、確かに事実ではあった。結婚する前、いや、知り合った当初の学生時代から、和臣の周囲には浮いた話一つ聞こえてくることがなかった。
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