「そんなわけですから五百万プラス現段階での利息くらいなら今すぐにでもご用立てできるんですよ、私。せっかくある金なんだから、有意義に使った方がいい。今こうしているうちにも利息はどんどん増えていくので動くなら早い方がいいと思いますが……いかがですか?」
話を本筋に戻すと、黛は急かすような調子で決断を促した。
「……」
希恵子は、迷う。
咄嗟の判断で決めてしまうにはあまりに問題が大きすぎるし、そもそもこれは自分で勝手に決断していい性質の話ではない。
「……お話は分かりました。仮に立て替えていただくにしても、返済の方法とか色々と問題がありますし、まずは夫と相談させてください。その上で改めて――」
「おっと、ちょっと待って下さい、奥さん」
ひとまず逃げを打とうとした希恵子を、黛が手を上げて制した。
「和臣くんには一切秘密で。話したら、この件は全部なかったことにさせてもらいます」
声を潜めて、そう言葉をつなげる。
「……え?」
いきなりの条件に、希恵子の顔が不審そうに曇った。
「まあこの場合、秘密にしないと困るのはむしろ奥さんということになるでしょうけど」
「……?」
持って回った言い方でもったいぶる黛を、希恵子はさらに怪訝な表情で見つめる。
「さっきもお話しした通り、私は金銭面では十分な余裕があります。返済など不要だ、とまで豪気にはなれませんが、どうせだったら他の、もっと価値があるもので返していただいた方がありがたいんですよ」
黛の声音が、じわじわと圧力を増した。
「もっと価値があるもの……ですか?」
一方希恵子は、単純な鸚鵡返ししかできない。
「そう、価値があるもの」
「何でしょう。うちにはそんな財産なんて……」
同じ言葉を繰り返す黛に、希恵子がますます分からないといった表情で首を傾げた。
「あるじゃないですか。とっておきの、極上品が」
薄暗く濁った光を眼に宿しながらそう言うと、黛は胸の前で両手を組み、右足をゆっくりと左膝に重ねる。
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