「っ……」
妻として大事な何かをおろそかにしてしまった罪悪感が、希恵子の心を追い込むようにちくちくと刺す。
「それでね、奥さん」
黛がタイミングを見計らったように身を乗り出し、顔を上げた。
「聞いていただけますか? 私の話」
「え、ええ」
私にいい考えがある、という黛の言葉が、希恵子の耳に蘇ってくる。
「実は和臣くんの借金、立て替えてあげる準備があるんですが……」
「え?」
意外な言葉に、希恵子は目を丸くした。失礼だが、この黛という人物がそんな義心あふれる男だとはとても思えなかった。
「いくらグレーゾーンが撤廃されたといっても、この手の金利はやはり高いものです。放っておけばどんどん金額が膨らんで、ついには利息を返すこともままならなくなるでしょう。でもここで私が立て替えれば、それは私への個人的な借金になります。そして私は、利息など取る気はさらさら、これっぽっちもありません」
黛が、親指と人差し指で小さく「これっぽっち」を示してみせる。
「……」
希恵子は黙り込んだまま、相手の真意を探るように、その指先をじっと見つめた。
確かに、いい話ではある。
五百万が大金なことに変わりはないが、元本だけ返せばいいならかなり気は楽。とりあえず雪だるま式に借金がかさむ心配がなくなるだけでも十分にありがたい申し出といえた。
だがそれでも、希恵子の脳裏をちかちかとよぎって離れないのは「警戒」の二文字。
「なぜ、そんなことを……仰ってくださるんですか?」
「酒場だけの付き合いとはいえ、和臣くんは大事な友人ですから」
訝しげな希恵子に対し、黛は笑って肩をすくめながら鷹揚な調子で答えた。
「でも、五百万なんて大金……飲み代を立て替えるとかじゃないんですから……」
「あー、実は私ね、学生時代に起業をしたんですよ」
戸惑う希恵子に突然そんなことを言うと、黛は遠い目で窓の外を見つめる。
「友人二人と一緒に、コンピューター関連の会社をね。当時はまだ珍しかったこともあって、そこそこ大きくできました。会社自体は数年で買収されましたが、株の売却でまとまった金が残りましてね。それを投資に回したら運よく結構な財産を作ることができたんです。いわゆるITバブル長者ってやつなんですが、お陰さまで今も働かずにのんびり暮らせています」
「はあ……そうですか」
要は単なる金持ち自慢か。
そう思った希恵子だが、ここは仕方なしに気のない相槌を打っておく。
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