「さて、ではぼちぼち始めてみますか」
いそいそとリビングに戻ってきた黛が、その場でさっさと服を脱ぎ始めた。
「えっ……?」
予想外の展開に、希恵子がきょとんと目を丸くする。
いくら家で交わるといっても、行為自体は布団で行うとばかり思っていたのだ。
それがいきなり、
「今日はこの家の至るところで奥さんを抱きまくることに決めました。ひたすらにハメ倒してとことん中に出し続けますから、どうぞお腹にたっぷり私の精子を溜め込んだまま出張帰りの和臣くんを迎えてあげてください」
この物言い。
「ふふ……では、楽しい一日のスタートです」
素っ裸になった黛が、早くもびんびんに屹立したペニスを希恵子に見せつける。
(ああ……)
はち切れんほどに膨張したその男根を目にした瞬間、希恵子は黛の意図を完璧なまでに理解してしまった。
自分と和臣が生活するこの家に、淫欲の記憶を植えつける。
それが、黛の狙いなのだ。
食事、排泄、入浴、睡眠。
その全てが、いやらしくもおぞましい情事の光景を蘇らせる鍵となるように、とことんまで刷り込みをしていくつもりなのだ。
(奪われて、しまう……)
希恵子の頭が、ぐるぐると回る。
結婚してから今日まで積み重ねてきた、平凡ながらも幸せな日常の記憶。
今まで必死に築き上げてきた和臣との歴史が何もかも、淫靡に爛れた男と女の時間に上書きされようとしていた。
だがそれでも、希恵子は黛に逆らうことができない。
「さ、どうぞ。召し上がれ」
黛が仁王立ちの体勢から、ふざけた口ぶりとともに剛直を突きつけると、
「ん……」
希恵子は膝を折り、しなだれかかるように顔を寄せながら、黛のペニスをそっと受け入れるのであった。
* * *
出張先のオフィスに用意された小さな個室で、和臣が古びたノートパソコンのキーボードをぱしゃぱしゃと叩いている。
「うん。これでよし、と」
区切りのいいところで、両腕を持ち上げてむん、と大きく背伸びをした。
仕事の方は、いつになく順調そのもの。
初日を問題なく滑り出し、二日目の今日もここまでは好調だ。
この調子で三日間を乗り切れば、全てが上手く回るように道筋をつけ、万全の態勢を整えた状態で会社に戻ることができるだろう。
うまく事が運べば、会社内での微妙な立ち位置だって少しは改善されるかもしれない。
「ふう……」
ゆっくりと腕を下ろしながら、和臣が深呼吸をした。
「……ん?」
普段、特に仕事中はあまり気に留めることのない指輪が、なぜか目に入る。
「……」
一人部屋にもかかわらず、和臣はちらちらと周囲を見回した。
当然、誰もいない。
「希恵子さん……」
慈しむように、妻の名を呟いた。
「……」
もう一度近くに人の姿がないのを確認する。
やや、間が空いて。
「ん……」
少しかさついた和臣の唇がそっと、鈍い輝きを放つ指輪に押しつけられた。
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