* * *
「今度の木曜日、お宅でヤらせてもらえませんか?」
「なっ!」
「何か、ご予定でも?」
「……いいえ、何も」
「そうですか、それはよかった。では、いかがです?」
「……どうせ、お断りしても押しかけてくるんでしょう?」
「ふむ。まあ、そういうことになりますかね」
「だったら、お好きに……なさってください」
「ふふふ。ではそうさせてもらいますよ。当日は朝からそちらに伺うつもりですので、どうぞ楽しみにお待ちください」
「……」
* * *
木曜午前の、古沢家。
レースのカーテンから僅かにこぼれ落ちた朝の陽光が、手入れの行き届いたフローリングの木目を柔らかに照らしている。
リビングのテーブルには、役目を終えたコーヒーカップが二つ、ちんまりと並んでいた。
それは、今日もまた黛が持参したコーヒーを二人で楽しんだ、痕跡。
「ふむ。こちらにお邪魔するのは今日で二度目ですが、初めての時とはまた違った感慨があるものですね。いや、それにしてもコンパクトなお宅だ」
まるでリサーチをする不動産屋のように、黛が狭い1LDKの中を次々と移動していく。
「……」
もはや非礼を隠す素振りすら見せない黛に、希恵子は無言で眉根を寄せた。
最初来た時はソファーから一歩も動かなかった男が、今やこの家の主人のような我が物顔で横柄に振る舞っている。
「実は、奥さんに内密のお話がありまして」
この男がそう言って家の敷居をまたいでから、二ヶ月半。
この二ヶ月半の間に、黛は何を得たのか。
そして自分は、何を失ったのか。
(和臣、さん……)
妻が他の男と二人で過ごしていることなどつゆ知らず、仕事に精を出しているであろう夫の顔が脳裏をよぎった。
「っ……」
襲ってくる深い自責の念をすり潰すように、希恵子はぐっと奥歯を噛む。
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