序
街の中心部にほど近い、高級マンションの一室。
部屋数の少ない上層階にあって防音も完璧に近いため、隣人トラブルなどとはおよそ無縁の4LDKは、昼に入った家事代行業者によって今日もしっかりと清潔が維持されていた。
「……ふん」
立入禁止の札が掛かった小部屋には、ガウン姿の男。
まるでどこかの社長室にでもありそうな革張りの椅子に座って、黒檀の机上に置かれた大型モニターを冷ややかな目で見つめている。
「あ、あっ、あぁんっ! すごい、すごいのぉ! だめ、だめっ! もうだめぇっ! イく、イくっ、イぐ、イぐっ、イっぢゃううううぅっ!」
傍に備え付けられたスピーカーから流れてくるのは、あまりにもけたたましすぎてほとんど騒音と化した、嬌声。
「全く……うるさい女だ」
いかにもつまらなそうな顔で吐き捨てると、男はクリエイターが使うようなスペックの高いパソコンの本体から、DVDを取り出した。
〈二十四歳OL・香菜子 その4 完〉
手書きのラベルが貼られたプラスチックケースに、円盤をそっとしまい込む。
「まあ、いいか。どうせこいつも、もう願い下げだしな」
呟きながら立ち上がると、壁際にそびえる本棚の前にゆっくりと歩を進めた。
「よっ、と」
鍵付きの重厚な扉を開く。
中には、手にしているものと同じタイプのディスクケースがずらり。
〈二十二歳女子大生・千佳 その1〉
〈三十一歳シングルマザー・康恵 その2〉
〈三十八歳未亡人・綾乃 その3〉
などと記されたケースが、綺麗に列をなしてびっしりと並んでいる。
「これでよし、と」
棚にさらなる一枚を追加すると、男は薄暗い部屋を出てリビングへ向かった。
しゃれたバーカウンターに足を踏み入れ、いかにも値の張りそうなクリスタルガラスの杯を戸棚から引っ張り出すと、冷凍庫からいくつか氷をつかんで中に放り込む。
「ふむ……」
数秒、熟考。
「今日はこいつでいくか」
手を伸ばして引き寄せたのは、豪華な装飾が施されたウイスキーボトル。
「ほっ」
慣れた手つきで栓を抜くと、澄んだ琥珀色の液体を氷の上からとくとくと注いだ。
「では、エンディングを祝して、乾杯」
顔の前にひょいとグラスを掲げてから、一口目を軽く舌に染み込ませる。
「ふう……」
満足そうに深い息を吐くと、男は静かな足どりでキッチンを出た。
趣味のいいソファーとテーブルが置かれた広いリビングを通り抜けて、横に大きな窓の前でぴたりと立ち止まる。
眼下に煌めくのは、渦巻く人間の欲望を覆い隠すかのような、眩い夜の景色。
「さて、次は……」
ちかちかと瞬く街の灯を見下ろしながら、男が口を開く。
「そろそろあれを、狙ってみるとするか」
芳醇な香りと味わいに湿った唇から、ささやかな呟きがこぼれた。
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