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街外れの一角に、借家がある。
一応一軒家ではあるが、敷地は狭く庭もない小さな平屋建て。築年数は優に四十年を超えており、間取りもやっとの1LDKだ。立地や交通の便もよくないため、どう甘く見積もっても高額の家賃は設定できそうにない。
そんな安普請のリビングで話をしているのは、妙齢の女と中年の男。
小さなテーブルを挟むように一台ずつ置かれたソファーに座って、膝を突き合わせるように正対している。
「あの……もう一度、仰っていただけますか?」
古沢希恵子(ふるさわきえこ)は、自分が何を言われたか分からないといった顔で、眼前の男に聞き返した。
「ですから」
黛匡一(まゆずみきょういち)は言葉を一つ挟むと、
「お宅の旦那さん、和臣(かずおみ)くんには五百万の借金があります。しかも消費者金融で借りているので利息はかさむ一方。そのうち首が回らなくなる危険があります」
落ち着いた低音で淡々と同じ説明を繰り返す。
「ご、五百……万……」
ようやく事態が飲み込めてきたのか、涼やかな希恵子の声がだんだんと震え始めた。
肩まで伸びたやや癖のある黒髪に、細く伸びた美しい眉。柔和だが意志の強さを感じさせる瞳は宝石の輝きを放ち、通った鼻筋と潤った唇は見る者を否応なく惹きつけた。白ブラウスにベージュのスカートというぱっとしない格好だが、地味な服装の下にむっちり柔らかな魅惑の肢体が隠れているのは一目瞭然である。
「そんな、大金……」
二十八という年齢を迎え、端麗な容姿にさらなる磨きがかかっている希恵子だが、今はその白い肌をさらに青白くして挙動不審に目を泳がせるばかりだ。
「本当は奥さんには秘密で、という話だったんですがね」
希恵子の狼狽ぶりをじっくりと舐めるように観察しながら、黛が話を続ける。
「それではあんまりですし、私にちょっといい考えがあるものですから、和臣くんには内緒でこうしてお邪魔させてもらいました」
今年で四十三歳になる黛だが、外見からくる印象はそれより随分と若い。
白髪や薄毛とは無縁の豊かな髪と艶のいい褐色の肌が、精悍な顔立ちによく似合っていた。グレーの高級スーツに包まれた身体はしっかりと締まっており、メタボなどとはおよそ縁遠い体型をしている。
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