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プチNTR12~汝の隣人を愛せよ~

 安いマンションの壁は薄い。
 戸倉樹里(とくらじゅり)がそう痛感するようになったのは、隣の家に若い男が越してきてしばらく経ってからのことであった。
 原因は、夜な夜な聞こえてくる女の喘ぎ声。
 どうやらAVのようだが、これがとにかく神経に障る。
 たかがAVとはいえ、元々眠りが浅く慢性的に寝不足な樹里からすれば、これは大袈裟でも何でもなく死活問題であった。
「もう嫌。わたしこんなの耐えられない」
 目の下にくまを作り、悲壮感を漂わせながら、樹里は夫の達徳(たつのり)にそう訴えた。
「そう? 俺は別に」
 しかし達徳はといえば、妻の悲痛な叫びなど右から左のマイペース。気分屋で、気になれば細かく気にするが、気にしない時は全く気にしないというのが夫の性格であった。
「俺は別にって……」
 新婚当初は夫のこんなところもかわいく感じられたが、三年が過ぎた今となっては、もはや不快な感情を抱くことすらできそうにない。
「……とにかくわたし、一度話をしてくるから」
「うーん……まあ行くなら行くでいいけど、余計なこと言って怒らせたりするなよ?」
「……ええ、分かってる」
 あくまでも無関心に、それでいて微妙な上から目線で忠告してくる夫に、樹里は冷ややかな口調でそっけなく応じた。

「これで大丈夫、よね……」
 お隣の玄関前に立った樹里が、不安そうに呟きながら自分の格好を見下ろす。
 派手な若作りではないが、かといって女を捨てているわけでもない。二十八歳という年齢に見合ったバランスを保ちつつ、最低限の身だしなみは整えることができたはずだ。
「よし……いくわよ……」
 呼び鈴にぐい、と指を押しつける。
「……はい」
 返ってきたのは、暗く沈んだ男の声。
(やっぱり)
 樹里は心の中で得意げに呟いた。
 毎晩AV鑑賞をしているような若い男など、どうせ陰気なブサメンに決まっている。ここは一つびしっと説教をして、年上の女の威厳というものを見せつけてやらねばなるまい。
「あの、隣の戸倉ですが」
 息巻く気持ちをひとまず抑えながら、樹里は丁寧な調子で名前を告げた。
 しばらく間が空いてから、カチンと鍵が回ってドアが開く。
「えっ……?」
 瞬間、樹里は自分の目を疑った。
「……はい」
 そう言って現れた男は、見るからに爽やかな好青年。
 イケメンというか、王子様風というか。家族や友人が本人に内緒で芸能事務所に応募書類を出しました、みたいなエピソードが発掘されても全然不思議はない顔立ちをしている。
(う、うわあ……)
 予想外の展開に、樹里はぽかんと口を開けた。これは結構、いやかなり好みのタイプだ。
(ちゃ、ちゃんとした格好にしといてよかった……)
 コーディネートが面倒くさいからと一度は部屋着で押しかけることも考えた樹里だが、今はそれをしなかった自分を心の底から誉めてやりたかった。
「あの……何か?」
「あ、ああ、ごめんなさい」
 イケメン青年の問いにはっと我に返ると、樹里はこれまでの事情をあらかた説明した。
「う、うわ……す、すみません。僕、全然気づかなくて」
 話を聞き終えた青年は、顔を真っ赤にして狼狽した。
「ま、まあ、最初のうちはそんなことなかったんだけど、このところちょっと……ね」
 とげとげしくならないよう気をつけながら、樹里が言外に軽く注意を匂わせると、
「は、はい。気をつけます。本当に申し訳ありませんでした」
 青年はすっかり恐縮して、いかにも恥ずかしそうにぺこぺこと何度も頭を下げる。
「じ、実はその、ちょっと言い訳がましいんですけど……」
 聞けば最近彼女にこっぴどくふられて、その子に似た女優の出ているAVを放心状態のまま延々見続けていた、というのが事の真相であるらしい。
「何しろボーっとしていて、音量とかまで全然気が回らなくて……ほんと、すいません」
「い、いいえ。いいのよ、そんな。そうねー、若い頃って色々あるわよねー。うん、うん」
 ひたすら平謝りの青年に、樹里はきゃぴきゃぴと笑いかけた。言うまでもなく、この時点でもう年上の威厳も何もあったものではなかった。
「それにしても君、えーと……」
「三峰です。三峰星河(みつみねせいが)」
「そ、そう。星河くん、ね……」
 樹里はほんのりと頬を紅潮させながら、青年の名を呟いた。輝かしい風貌に見合ったロマンチックなネーミングに、心の琴線がまたぐっと刺激された。
「それで、星河くん。君、ちゃんとごはん食べてるの?」
「い、いえ。彼女に振られて以来何もする気になれなくて、食事もほとんど……」
「あー、やっぱり。落ち込むのは分かるけど、ちゃんと食べなきゃダメよ。やつれちゃって、ほっぺとかこけてるじゃない。せっかくのいい男が、それじゃ台なし」
「は、はあ……」
 反応に困った顔で曖昧に頷く星河を、樹里がじーっと見つめた。
「……よし。じゃあ星河くん、君、今からちょっとうちに来なさい」
 さらりと口をついて出たのは、自分でも驚くほど大胆な提案。
「とりあえず何か食べさせてあげるから、いらっしゃい。残り物ばっかりだけど、それだって食べないよりはよほどましなんだから。ね、ほら」
「あ、うわっ! ちょ、ちょっと、戸倉さん!」
 目を白黒させる星河を強引に家まで引っ張り込むと、樹里はすぐ支度を整え、これでもかとばかりに大量の食事をごちそうしてやった。
「ご、ごめんなさいね。こんなものしかなくて……」
「いえ、そんな。すごく美味しいです」
 謙遜のはずが本当に残り物しか出せなかったことには赤面した樹里だが、それでも文句一つ言わずぱくぱく食べてくれる星河の姿には心が温まった。
「実は僕、こういう女の子関係の相談をできる人がいなくて……」
「あら、そう? でも星河くん、友達多そうじゃない」
「ええ、まあ男の友達はそれなりにいますし、彼らは彼らで失恋した僕を励ましてくれたりもするんですけど、やっぱり女の子の気持ちとか、そういう具体的な相談となると……」
「あー、そうよねー。男の子同士で実践的なアドバイスってなかなか難しそうよねー」
 ずっと沈黙で過ごすのも何なので、樹里は食事の間、星河からあれこれ話を聞き出すことに努めた。これでは無遠慮なおばさんそのものではないかと思ったが、目の前の悩めるイケメン青年を見ていると、つい好奇心が止まらなくなった。
「わたしでよければいつでも相談にのるわよ。あ、でも……こんなおばさんじゃだめか。もう女の子なんて歳でもないしね」
「そ、そんなことないです。戸倉さんって何というかこう、大人の女性って感じで……その、とても魅力的だと思います」
 誉め言葉を誘うように自分を卑下する樹里に、星河はいかにも純情そうなはにかみで応えた。
「そ、そう……ありがとう」
 星河の言葉に、樹里はそっけなくそう呟いたきり黙り込んでしまう。
(や、やだ。この子超かわいいんだけど……)
 そんな本音がだだ漏れのにやけ面を晒してしまうのは、さすがにちょっとまずい気がした。
「はは。やっぱりだめですね、僕。実は彼女にも言われたんです。誉めるんだったらちゃんと誉めてって。うじうじ言われても本気かどうか全然分からないって」
 樹里の態度を何か勘違いしたらしく、星河は頭をかいて情けなく笑った。
「そ、そう? そんなことないわよ? わたしはいいと思うけどなー。何かこう、母性本能をくすぐられる感じがして」
「ありがとうございます。戸倉さんの言葉、とてもあったかくて、僕ちょっと泣きそうです」
 包容力のある年上の女を気取る樹里に、星河はうっすら目をにじませながら頭を下げる。
「あ、あらあら、まあまあ。泣かないの、泣かないのよー」
 おばさんくさいまぬけな声を出しながら、樹里は心の中で、こんないい子を振るなんてその女は随分もったいないことをしたものだ、と激しく星河の肩を持った。
「ほんと、美味しかったです。戸倉さんのごはん」
「ふふ。お腹減ってたのね。空腹は最高のスパイスってことかしら」
「い、いえ、そんな。あの味ならたとえ満腹だって美味しく感じると思います」
「まあ、嬉しいこと言ってくれるわね」
「じゃあ、失礼します。今日は本当にありがとうございました」
 たっぷり食べ、いっぱい話し、星河は少しだけ生気を取り戻した顔で隣に帰っていった。
 そしてその夜からAVの音はぱったりとやみ、樹里は久々の快眠を満喫したのであった。

 次の日、星河が改めて家を訪ねてきた。
「昨日はありがとうございました。これ、ほんの気持ちですけど……」
 食事のお礼と一緒に差し出したのは、かわいらしい箱に収まったスイーツ。最近女子の間で人気急上昇中の店が出した話題の新作である。
(お、王子様……)
 気の遣い方まで見た目そのままなんだと、樹里は妙なところで感心の念を抱いてしまった。
「上がっていって。一緒にお茶でもしましょう」
「で、でもそんな、厚かましいですよ」
「いいのいいの。お掃除もお洗濯も終わって、ちょうど休憩しようと思っていたところだし。さあさあ、遠慮しないで」
 樹里はアリを捕らえるアリジゴクのように星河を家へ引きずり込むと、
「でもねー、うじうじしてるっていうのはちょっと酷いかしらねー」
「僕はその子のこと、本当に好きだったんです。なのにそんなこと言われちゃって。どうにも尾を引くというか、気持ちが切り替えられなくって……」
「うんうん、そうよねー。特に男の子はすぱっと切り替えるの、難しいかもねー」
 ほとんど無理やりに、恋愛相談の展開へと話を誘導する。
「あの……また話、聞いてもらってもいいですか? 戸倉さんってすごく聞き上手だし、話も分かりやすくて参考になるし……」
「え? そ、そうかしら? い、いいわよいいわよ。いつでもいらっしゃいな」
 そんな流れで、この日を境に星河はちょくちょく樹里の家へと上がり込むようになった。
 樹里としてはもちろん大歓迎だったが、最初は控えめだった星河の目つきが、少しずつ男のそれへと変わっていることにはまるで気づかずにいた。
「樹里さん……」
「え、ちょ、ちょっと、星河くん」
 なので、「その時」の訪れは、少なくとも樹里にとっては突然だった。
「じゅ、樹里さん!」
「ん、んんっ……!」
 いきなりキスをされてどんな反応をすればいいか分からず、樹里は十代の小娘のようにただ全身を強張らせるばかりであった。

 夫婦の寝室。
「ぐーー……」
 悩む樹里の横では、達徳が今日もマイペースの高いびきで眠っていた。
 二十八歳の樹里に対し、達徳は少し年が離れてもうすぐ三十五歳になる。
 子供が欲しいわけでもないため、夜の営みはこのところ減少するばかり。セックスレスとはいわないまでも、前に交わったのがいつだったか、すぐには思い出すことができない。
「もう……人の気も知らないで……」
 自分のしたことを棚に上げ、樹里は夫を責めるように呟いた。
「はぁ……」
 やるせない吐息をこぼしながら、ゆっくり自分の身体を見回してみる。
「……あら?」
 若い男と触れ合ったせいだろうか。曲がり角を迎えていたお肌が急に潤いを増し、心なしか艶めいてきたような気がした。

 翌日の、午前。
「ごめんなさい、樹里さん!」
 戸倉家の玄関前には、腰を九十度に折り曲げて謝罪するイケメン青年の姿があった。
「い、いいのよ。そんな気にしないで。あれは事故みたいなものだったんだから」
 力みまくる星河に対し、樹里はできるだけいつも通りの笑顔で応じた。
 キスの件はなかったことにして、あとは何食わぬ顔で元通りの関係を続ける。
 それが昨晩寝ずに考えた末、ようやく絞り出した結論だった。
「そ、そうはいかないです。何かお詫びしないと……そ、それで、あの……」
 分度器で測りたくなるほど美しい直角を維持したまま、星河は樹里を自分の家に招待した。
 曰く、買った物ではなく自分の手作りで誠意を見せたい。
 曰く、これはお詫びだけでなく、これまでのお礼も兼ねている。
 曰く、もちろん余計なことは一切しない。邪心がないと証明するチャンスを僕に下さい。
「せ、星河くん……」
 怒涛の勢いに押されながらも、これは断るべきだ、と樹里は思った。
 気持ちだけ受け取ってこれまで通りの間柄を貫くか、それが無理ならばいっそこれっきりにした方がいいと、頭では冷静に判断した。
 判断、したはずなのだが――。
(……あれ?)
 気がつけば、樹里は隣の昼ごはんにしっかり招かれ、星河と共に食卓へ座っていた。
「ど、どうでしょう。一夜漬けで覚えたんで、ちょっと不安なんですけど……」
「そ、そうね。まあまあ美味しいんじゃないかしら」
 つい偉そうな口調でコメントしてしまった樹里だが、内心はまるっきり逆。
 星河の料理は、どれも本当に美味であった。少しだけということで出されたワインにもよく合っており、樹里は昼間から舌がとろけそうな気分になった。
(どこまでかっこいいのかしら、この子……)
 樹里は、自分にはとても作れそうにない料理の数々をぺろりと平らげながら、改めて星河のスペックの高さに感心した。
「本当にごめんなさい。樹里さん」
 樹里がすっかりいい気分になるのを見計らったように、星河がまた深々と頭を下げた。
「い、いいのよ、そんなこと。本当に気にしないで」
 すると、身も心もほぐれてしまった樹里は星河の謝罪をあっさり受け入れた挙句、
「なんなら、その先だってしちゃってもいいくらい」
 そんな余計な一言までついぺろっと口走ってしまう。
「……え?」
「あ、あの、えっと、その……こんなおばさん相手は嫌かもしれないけど、せ、星河くんまだ女の子に対して自信なさそうだし、れ、練習台? とかなれればいいんじゃないかな、とか。あ、あれ? やだ、わたし何言って……」
 自分から望んでの浮気はさすがにまずいと弁明してみたものの、口から飛び出すのはなぜかますますドツボにはまっていく誘いの言葉ばかりだ。
「じゅ、樹里さん……」
 星河は意を決したように立ち上がると、テーブル越しに顔を近づけてきた。
「え、えっ……?」
 戸惑いながらも、樹里は動かない。この状況で動くことなど、できそうになかった。
「ん……」
「んんっ……」
 二人はゆっくりと唇を重ね、しばらくの間互いの舌をぴちゃぴちゃといやらしく絡め合う。
「よっ、と」
 樹里の後ろに回り込んだ星河が、掛け声と共に力を入れた。
「え、ちょ、ちょっ――!」
 突然平衡感覚を失い、慌てて目を開けたところで、樹里は自分がお姫様だっこをされていることに気がつく。
「せ、星河くん? ちょっと、星河くん!?」
 叫ぶ樹里をよそに、星河は無言のままずんずん寝室へと進んだ。
「も、もう……強引ね……」
 星河がさりげなくドアに鍵をかけたのを樹里は見ていたが、その件については何も言わず、されるがままにベッドへ身を横たえる。
「じゃ、じゃあ、脱がせますね」
「……うん」
 たどたどしく自分を裸にむいていく星河を、樹里は頬を赤らめながらじっと見つめた。
「樹里さん……綺麗だ……」
「や、やだ。こんなおばさん捕まえて綺麗だなんて。星河くんならもっと若い子が……」
 そこまで口走ったところで、樹里は、はっと口をつぐむ。
「はは……そうですね。前はそう思ってました。でも今は、樹里さんがいいです。樹里さんが一番、綺麗です」
 美しく整った顔に穏やかな笑みをたたえながら囁くと、星河は樹里の全身に、丁寧な愛撫をほどこし始めた。
「んっ……んん……うぅんっ……!」
 首筋から両脇と胸、脇腹に太腿、さらにふくらはぎからつま先に至るまで、星河は徹底的に樹里の身体をなめ回していく。特にクンニはしつこいほど念入りに続いたため、樹里は自分の性器がふやけるのではないかと内心少し不安になった。
「どうですか? 樹里さん。前の彼女にはおっさんエッチだって言われたんですけど……」
「そ、そんなこと、ない……わたし、久しぶりに感じちゃって、もう……ぅうんっ!」
「久しぶりって……旦那さんは?」
 樹里の些細な一言を聞き漏らさず、星河がさらに問いかけた。
「あ、あの人とは、もう……ほとんど、レスみたいなものだし……ん、んんっ!」
 押し寄せる快感に流されるまま、樹里は本来隠すべき夫婦の事情をつい吐露してしまう。
「そんな……樹里さん、こんなに魅力的なのに……」
 少し怒ったように言うと、星河は素早く服を脱ぎ、ゴムを付けて樹里の上にのしかかった。
「あ、あぅんっ!」
 忘れかけていたペニスの感触に、樹里は思わず犬のような鳴き声をあげてしまう。
「う、うわ……樹里さんのあそこ、すごくあったかい……熱いくらいだ」
「う、うぅんっ……せ、星河くんのも、大きくて、固くて、素敵よ」
 じっくりと、膣内を味わうような抽送を続ける星河に、樹里は上気した顔と声音で応えた。正直、もう疼いて疼いて、止められそうになかった。
「こ、今度は後ろから、いいですか? 樹里さん」
「え? 後ろ? えっと……わんわんの格好ってこと?」
「い、いえ。その、そこの壁に、手をついてもらって……」
「こ、こう……?」
 樹里が丸い尻を挿入しやすい位置にまで持ち上げると、星河は余るほどの柔肉を意外なほど武骨な手でわっしとふんづかんだ。
「うわ……柔らかい……」
 感激したように呟きながら揉みしだくと、ぱんと身の詰まった肉塊は自由自在に形を変え、むにゅむにゅと淫靡な曲線美を描いていく。
「ふんっ!」
「あ、あんっ!」
 扱いに慣れてきたのか、星河はさっきよりも激しく樹里を突き始めた。  
「やっぱりだ。こっちの方が樹里さんをいっぱい感じることができる」
「え、ええ、そうね。わたし、も……」
 この体勢の方が、星河をよりしっかりと包み込める。
 そう言おうと思った樹里だが、言葉にはならなかった。
「あっ、うんっ、あんっ、あぁんっ!」
 代わりに出てきたのは、本気で感じている時だけの、ちょっと鼻にかかった喘ぎ声。
「あ、あぅんっ! す、すごいっ! 星河くん、すごいいぃっ!」
「ああ、僕、幸せです。樹里さんとこんな風につながることができて、本当に幸せです」
 髪を振り乱して激しくよがる樹里を見下ろしながら、星河は純真な台詞を重ねた。
「……ふ」
 だがその涼やかな口元には、言葉とは裏腹の醜く歪んだ微笑が、うっすら不気味に浮かんでいるのであった。

 呼び鈴が鳴る。
「はーい。開いてるよ」
 ドアが、開いた。
「お待たせ、星河くん」
 にっこりと微笑みながら現れたのは、樹里。
「……ぷっ」
「ちょっと、なーに? 人の顔見ていきなり笑って」
「だってそのかっこ、本気のおでかけ用じゃん。ばっちり決めちゃって、まあ」
「しょ、しょうがないでしょ。表向きは同窓会ってことになってるんだから」
「はは、だよね。最近は毎日のように会ってるけど、樹里のそういう格好は初めて見たな」
「……似合わない?」
「ううん。むしろ興奮する」
 不敵に微笑みながら、星河はゆっくりと樹里に顔を近づける。
「何なら妊娠させちゃおっかな、なんて思うくらいにね」
「星河くん……」
 甘やかな囁きに応えるように、樹里はとろけた動きで星河の下腹部に腰をこすりつけた。
 ――そして、いつも通りの、ベッドの上。
「ほら、もっと声出しなよ、樹里」
 樹里の身体を壁に押し付けながら、星河がねちっこい挿入を続ける。
「んっ、んんっ! で、でも……」
 薄いコンクリート一枚隔てた向こうを気遣うように、樹里がちらりと両の目を伏せた。
「大丈夫だって。旦那さん、樹里のことなんか全然気にしてないんでしょ?」
「そ、それは……そう、だけど……」
「出せないっていうなら、無理やりにでも出させてあげるよ……それっ!」
「あ、あぁあっ!」
 夫も知らないはずの弱い部分を責められ、樹里がたまりかねたような嬌声をあげた。
 星河は、決して若さに任せた勢いだけのセックスはしない。メスのツボを丹念に刺激する、ある意味マッサージのようなやり方が得意というか、特徴だ。
 前の彼女がおっさんのエッチだと言ったのも分からないではないが、樹里からすればそれは実に魅力的な傾向だった。この「自分を大事にしてくれている感じ」は、達徳との乾いた夫婦生活ではついぞ味わったことのない感覚であった。
(ほんと、素敵……)
 星河くんは、美しい王子様。
 そしてこの王子様は、つまらない生活を続けていた自分をおとぎの国へ連れてきてくれた、天からの使徒。
 そんな益体もないメルヘンを、樹里はめくるめく快感の中でぼんやりと考えていた。
「この辺も感じるよね、樹里」
「あ、ぁんっ、そこ、そこっ、いいっ……!」
 樹里の意識を引き戻すように、星河がさっきとは別のGスポットを突いた。ここも、達徳の一物では微妙に届かない繊細な部分だ。
「どう、樹里? 気持ちいい?」
「う、うぅん! き、気持ち、いい! だからもっと、もっといっぱい突いてぇ!」
 上半身を壁にへばりつけた状態で、樹里が切なく喘いだ。身悶えするたびに、潰れた乳房が脇からむにゅんとはみ出た。
「ふふ、ここ? ここがいいの? 樹里」
「い、いいの、いいのぉっ!」
「じゃあさ、中に出すよ? 出していいよね?」
「い、いいっ! 出して! 思いっきり出してえっ!」
「オッケー。じゃあ、いくよ……ふっ!」
「あ、あああああぁぁぁっ!」
 星河が精を放つと同時に、樹里もけたたましい喘ぎ声をあげて絶頂を迎えた。
「あ、あう……う、うぅん……星河くんの、すごいぃ……」
「ふふ……そうかい。ほんと、ちょろい女だね。樹里は」
 冷ややかな笑みと共に囁かれた星河の言葉が、快感の波に呑まれた樹里の耳に届くことはなかった。

「おー。お隣さん、今日は随分と激しいなー。最近静かだったけど、またAV復活か?」
 達徳はいつもより広いベッドに転がりながら、隣室と接する壁をじっと見つめた。
「それにしてもこの声、妙にリアルだなー」
 そこまで言ったところですぐに、あ、と気づく。
「リアル彼女か……」
 樹里の話によると、隣の男はなかなかのイケメンであるという。だったら彼女を部屋に連れ込むくらいのことはあってもおかしくないだろう。
「むむっ……」
 隣の音がAVではなく実戦だと思うと、達徳はやおら興奮してきた。のぞきや盗聴の趣味はないはずだが、こうも間近に聞こえてはさすがに意識せざるを得ない。
「ま、いいか。今晩は俺一人なんだし」
 樹里は今日からの土日、泊まりがけで同窓会に行くと言っていた。したがって、何をしてもばれる心配はない。
「じゃあ、ちょっとだけ、と」
 達徳は壁際にすり寄ると、首を横に向けてぴたっと耳を押しつけた。
『い、いいの、いいのぉっ!』
 いきなり、クライマックスだった。
「うお……」
 達徳は鼻息を荒げ、さらに耳をそばだてる。
『い、いいっ! 出して! 思いっきり出してえっ!』
「……あれ?」
 ふと、首を傾げた。激しく喘ぐ女の声が、ちょっと樹里に似ているような気がしたのだ。
「でもなあ……」
 達徳はすぐに自らの考えを打ち消してしまう。
 結婚して以来、樹里が自分とのセックスであんなに激しくよがってくれたことなど、ただの一度もなかった。
 その点、今壁の向こうで喘いでいる女は、まさに濃厚なドスケベ女。どう考えても、妻とは別人に違いない。
「お、また始まったぞ……」
 なおも聞き耳を立てながら呟くと、達徳はパンツの中にごそりと手を突っ込み、久しぶりにフルパワーで勃起したペニスをごしごしと乱暴にしごき始めた。
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[ 2016/04/17 17:52 ] プチNTR | TB(-) | CM(0)
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