「ん……」
そっとまぶたを下ろした希恵子が、黛の唇を優しく受け入れる。
ちゅ、と小さな音がして、希恵子は自分の口唇が何度かついばまれるのを感じた。
すぐに、黛が侵入してくる。
舌が絡み合い、唾液が交換されて、ぐちゃぐちゃと混ざり合っていくような感覚が口全体に広がった。
それは、頭の芯がぼーっとするほど濃厚でねっとりとした、フレンチ・キス。
「んっ……んんっ……ん……」
「……」
まるで恋人同士がするようなその口づけを、希恵子は目を閉じたまま、そして黛は瞬き一つすることなしに、いつまでもいつまでも堪能する。
やがて、糸を引くように二人の唇が離れた。
「っ……」
希恵子はファーストキスを済ませた少女のように頬を赤らめ、
「……」
黛はそんな希恵子の態度をどこか醒めた感じの目でじっと観察する。
甘いような、苦いような。温かいような、冷たいような。
何とも複雑で微妙な時間が、狭い1LDKのこじんまりした玄関に流れた。
「では」
黛の口が、開く。
「私は、これで」
無感情な低音で希恵子に囁きかけると、見切りをつけたようにさっと踵を返した。
「もうお会いすることもないでしょう。お元気で」
背中を向けたままそれだけ言い残すと、扉を開けて外に出る。
すぐに聞こえ始めた騒がしいエンジン音が、少しずつ遠ざかり、そして消えた。
古沢家に、元通り穏やかな昼下がりの静寂が戻る。
「……」
一人残された希恵子は、玄関先に呆然と立ち尽くすばかり。
自分に、何が起きたのか。
自分は、何をしたのか。
焦点の合わない目で、黛の去った跡をただぼんやりと見つめる。
だが、その時。
(あ……)
下着から染み出した愛液の雫が太股の内側をすーっと伝い落ちていく感触を、希恵子は白く濁った頭の隅ではっきりと自覚していた。
※全文をまとめ読みしたい方はこちらから!
- 関連記事
-