* * *
和臣は今日も狭いデスクに陣取って、一生懸命自分の仕事をこなしている。
「嘘、みたいだ……」
口からこぼれたのは、もう何度目かも分からない、そんな一言。
とにかく、黛の話は衝撃だった。
五百万の借金を、ほとんど返しもしないうちにチャラにしてくれるなど、どう考えても有り得ないような申し出である。
「投資で自分でも信じがたいほどの儲けが出てね。幸運のおすそ分けだよ」
「別に君だけを特別扱いするわけじゃない。他の友人知人にも何らかの贈り物はしていこうと思っている。幸運を独り占めし過ぎると逆に不幸になる気がするんでね」
「そんなわけだから、ここはどうか私を助けると思って、頼む」
黛はそんな内容の言葉を、自慢するでもなく、恩を着せるでもなく、ただ当たり前のように淡々と語った。
「実はこの件も絡んでね、これからはかなり忙しくなりそうなんだ。正直、電話に出ることもままならないと思う。当然あの店にも行けなくなるだろう。君との時間を失うのは残念だが、今回のことはこれまでの友情に対する私からの感謝とも考えてほしい」
別れ際、黛はそんなことも言っていた。
「感謝するのはどう考えてもこっちなんだけど……」
和臣が苦笑しながら、ぽりぽりと頭をかく。
それでも、とにかく黛が自分との時間を惜しんでくれたのは嬉しかった。人間認めて欲しい人に認めてもらえるのは、とても幸せなことだ。
「でも、残念だなあ……」
ぽつりと、こぼした。
おそらく、もう会えない。
今後の展望を語った黛のいつも以上に引き締まった精悍な面構えを思い出し、和臣は自然とそんな確信を深める。
「だけど、それはそれで、いいこと……なのかな」
明るい声で、呟いてみた。
いつまでも黛に頼ってばかりはいられない。
借金の件が解決した今、これからは自分自身の力で希恵子と二人、しっかり生きていかねばならないのだ。
過去を振り返って悲しむのではなく、今回のことを心機一転のチャンスと捉えて前に進む。 その方がよほど建設的だし、黛だって喜んでくれることだろう。
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