「じゃあそのご期待に添えるよう、できるだけ真剣に考えて、自分なりの答えを出してみるとしようか。次の一杯が来るまでにね」
「お、お願いします!」
「ふむ……」
空いたグラスをコースターに置くと、黛は思案顔で黙考を始めた。
「やはり、食事だろうな」
しばしの間を空けた後、太い声でゆっくりと口にした言葉は、簡潔にして明瞭。
「食事……ですか」
釈然としない様子の和臣が、鸚鵡返しをしてさらに続ける。
「確かに定番だとは思いますけど、その、もっと何か特別なことをした方がいいんじゃ……」
「いやいや、和臣くん。勘違いをしてはいけないよ」
どことなく不安そうな和臣に、黛は鷹揚な態度で諭すように言い返した。
「人間にとって誰かと一緒に食事をとる、という行為は十分に特別な意味を持つものだ。同じ釜の飯を食うなんて言葉もあるし、君の作った味噌汁を飲みたいなんていうのはプロポーズの古典だろう。もっとも、最近ではどっちが味噌汁を作る側なのか分かったもんじゃないが」
「はは、本当ですね」
冗談混じりにそう言って肩をすくめる黛に、和臣も人のいい笑顔で応じる。
「ともかく食事は重要。そしてさらに重要になるのが共通の記憶……まあ思い出だな」
「思い出……ですか」
聞き返す和臣に、黛がうむ、と小さく頷いた。
「そう考えると二人で一緒によく行った店、なんていうのが一番いい。食事と思い出が確実に結びつくからね。そこで出会った頃のことなんかを話し、これまでの感謝と今後もよろしくの気持ちを伝える。そうすれば、きっといい時間を過ごすことができるんじゃないかな」
「は、はい。はい、はい」
ボブルヘッド人形のようにかくかくと首を振る和臣に、黛がいたずらっぽく笑いかける。
「うまくいけば夜の方だって……な?」
「あ、い、いや、それは、その……」
途端に、和臣は赤面してうつむいてしまう。
「ははは。これはちょっとしつこかったかな。ともかく、二人の記念日を二人で一緒に祝うというのは大事なことだよ。そしてキーワードは、食事と思い出だ」
詐欺師のような饒舌を振るって話をまとめた黛に、
「な、なるほど。さすがは黛さんです」
和臣はすっかり感服した様子で深々と頭を下げた。
「なに、そんな誉められるようなことでもないさ」
軽く手を上げて謙遜する黛の笑顔は一見、穏やか。
だがよく見ればその目つきは野獣のように獰猛で、腹の奥によからぬ感情をふつふつと沸き立たせているのは一目瞭然である。
「とんでもない。これで何とかなりそうです。本当にありがとうございます」
それでも和臣は、かけらほどの疑いすら抱くことなく、ただ黛に感謝の念を捧げた。
「いやいや。まあお役に立てるなら何よりだがね。ふふふ」
己の言動全てがこの男のどす黒い欲望の火にじゃぶじゃぶ油を注いでいることなど、まるで知る由もないままに。
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