――そして、夜。
ほぼ指定席のようになっている『BAR SWAP』のカウンターには、やけに真剣な顔をした和臣と黛が、肩を合わせるように二人並んで座っている。
安い梅酒サワーに頬を紅潮させながら何やら必死に語る和臣と、高級なコニャックを優雅に楽しみながらその話に耳を傾ける黛という構図だ。
「結婚記念日……ああ、なるほど。そういうことか」
いかにも合点がいったという顔で黛が頷くと、
「そういうこと? どういうことですか? 黛さん」
和臣が不思議そうに首を傾げる。
「ん? ああ、いやいや。君との電話、雰囲気がいつもと少し違っていたもんでね。何かなと思っていたんだよ」
「ああ、そういうことですか」
ぺらぺらと出まかせを並べて取り繕う黛に、和臣はあっさり納得の表情を浮かべた。
「そうか、結婚記念日か。独身男には縁のない話で、羨ましい限りだな。いつだい?」
「来週の木曜日です」
和臣の答えに、黛は驚いた顔で目を丸くする。
「何だ、もうすぐじゃないか」
「そうなんです。なのに、急な出張で……」
「うーむ、それは残念だな」
いかにも和臣と感情を共有していると言わんばかりの調子で、黛はさらに言葉をつなぐ。
「こんな生き方をしている私が言うのはおかしな話かもしれんが、雇われ人というのは何とも厄介なものだね」
「ええ、全くです。でも、断るわけにはいきませんし……」
「ふむふむ。それで奥さんをどうすればいいか、という相談かい?」
困った顔で唇を噛みしめる和臣に、黛は先回りで話を進めた。
「そ、そうなんです。どうフォローすればいいんですかね? こういう場合」
「どうフォローすればと言われても、私はずっと独り者なんでね。夫婦のこと、ましてや結婚記念日に急な出張が入った場合の対処法なんて想像もつかんよ」
前のめりに質問する和臣を抑えるように両掌を向けながら、黛が苦笑を浮かべる。
「そんなの関係ないですよ。黛さん、いつでも的確なアドバイスをくれますし、僕なんかよりずっと人生経験豊富そうですし」
「おやおや、これは随分と信頼してくれているみたいだね」
持ち上げる和臣に相好を崩してみせると、黛は手元のグラスに口をつけ、残りの酒を一気にあおった。溶けた氷がぶつかり合って、カラカラと耳触りのいい音が二人の間に響く。
「お代わり。同じやつを」
グラスを磨くマスターに注文を出してから、黛が和臣へと向き直った。
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