* * *
「あら? このお店……」
いつになくおしゃれをして化粧もしっかり決めた希恵子が、見覚えがあるといった顔で目を上に向け、それから辺りをきょろきょろと見回した。
和臣に連れられてやって来たのは、こじんまりした洋館造りの瀟洒なレストラン。
席数は少なく、値段も決して安くはないが、落ち着いた雰囲気と丁寧な接客、そして何より美味しい料理で長い人気を保つ名店である。
「覚えてる、よね?」
「ええ、もちろん」
和臣の質問に、希恵子はすぐそう返した。
忘れることなど、あるはずがない。
ここはかつて、和臣が自分にプロポーズをしてくれた場所。しゃれた食事になど縁も興味もないこの人が自力で調べ、精一杯選んでくれた店だ。
「ちょうど五年だしね。また、ここから始めてみるのもいいかと思って」
「和臣さん……」
昔も今も財布には優しくないが、二人の愛を確かめ合うには、やはりここが一番。
和臣のそんな心意気が態度や言葉の端から透けて見えてくるようで、希恵子は何だか無性に嬉しくなった。
「さ、行こうか。予約はしてあるから」
「……うん」
先に入ろうとする和臣の腕にそっと手を回すと、希恵子はぴったりと寄り添うように身体を密着させる。
「え、え? どうしたの? 急に」
面食らったような顔で、和臣が希恵子を見つめた。
「だって、またここから始めてみるんでしょ?」
うろたえる夫をおかしそうに見上げながら、希恵子がさらに言葉をつなぐ。
「だったら、わたしも。今日はあの頃の気分で。ね?」
「希恵子さん……」
和臣はしばらく黙ってから、覚悟を決めたようにこくりと一つ頷いた。
「よ、よし。じゃあ、行こうか」
「うん」
踏み出す和臣に、希恵子も初めて恋をした少女のように微笑んで歩調を合わせる。
「こんにちはー」
入口の扉が開いて、呼び鈴がちりんちりんと涼しげな音を鳴らした。
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