* * *
「どうしよう……」
オフィスでは、和臣がまずいインスタントコーヒーをすすりながら、困り切った様子で頭を抱えていた。
「その、結婚記念日なんだけど、今年は、急に出張が入っちゃって……」
「……え?」
昨晩希恵子に事情を説明したところ、まず返ってきたのはそんな一言。
「そ、そう。お仕事だし、仕方ない、わよね」
口ではそう言ったものの、どう見ても落胆の色はありありだった。
今朝和臣が家を出る時もぼんやりして、どこか上の空。いつもなら必ず玄関で直接手渡してくれる弁当を台所に置き忘れてしまう始末だ。
「でも、本当に仕方ないんだよな……」
ぽつりと、和臣がこぼす。
希恵子の心情は痛いほど分かるが、仕事である以上出張はやむを得なかった。当日は一人にしてしまうが、それはどうにか我慢してもらうしかないだろう。
「だけど……」
和臣としても、出かける前に何かしておきたいところではあった。
こんな自分についてきてくれて一生懸命尽くしてくれる妻に、何とかして、ほんの少しでも喜んでもらいたいとは、素直に思った。
「うーん……」
あごに手を当て、目を閉じる。
「やっぱり、黛さんかなあ」
真っ先に口をついた案は、完全な他力本願。まぶたの裏に、いかにもエネルギーの塊という感じの、色黒で精悍な顔が浮かんでくる。
「何だかいつも相談してばかりだけど……」
情けなく苦笑しながら、和臣は黛との過去にゆっくりと思いを馳せた。
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