「いっそ、全部話しちゃおうかしら」
何の気なしにこぼした自身の言葉を、
「……」
希恵子は少しの間、じっと吟味してみる。
それは、あながち悪くない考えのような気がした。
お互い全てをぶちまけて謝り、何もかもリセットしてから、また二人でこつこつ、出会った頃のような気持ちでやり直す。
できることなら、それが一番いいようにも思えた。
(でも……)
すぐに、ブレーキがかかる。
ここで断ってしまえば、これまで積み重ねてきた我慢の全てが一瞬で灰に変わってしまうというのも、また現実。
第一、この状況は未来永劫ずっと続くわけではない。
たった、三ヶ月。
初めて黛に身体を許した翌日、希恵子は自分でそう考えたのだ。
そしてその期間はもう折り返し地点を過ぎ、あとは終わりに向けて一直線というところまで進んでいる。
今さら全部投げ出す道を選択するには、希恵子はあまりに時間と労力を割きすぎ、あまりに奥深くへ入り込み過ぎてしまった。
――やはり、もう引き返すことなど、できない。
「……あ」
そう結論づけたところで、希恵子はほんの数分とはいえ、自分がすっかり立ち止まっていたことに思い至る。
自分の心情がどうあれ、黛から呼び出されている以上、今はとにかくホテルに向かわないといけなかった。
「……行かなきゃ」
希恵子が歩き出し、玄関に立つ。
「あ、いけない」
はっと、気づいた。
「これはここ、と」
左手薬指の指輪を外して靴箱の上にそっと置くと、希恵子はあたふたドアを閉め、急ぎ足で黛の元へと駆けていった。
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