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プチNTR5~思い出の君、今いずこ~

 十年後の八月、また出会った彼女は――。










 ――オタサーの姫になっていた。

          *       *       *

 始まりは、夏休み前最後の部会で部長が口にした言葉だった。
「我々H大動画部も他大学とのサークル交流を推し進めていきたい。その手始めとしてまずは八月の頭にF大映像研究会との会合を設定した」
 三年の部長が引率、あとは今後の付き合いを見据えて一、二年主体で臨むという方針の元、揃ったのは五人。
「……え? 俺も行くんですか?」
 うち一人が、十八歳の一年生、藤坂雅樹(ふじさかまさき)であった。
「うむ。F大映像研究会といえば名門だ。十年ほど前に有名な映画監督を輩出してな。他にもプロのクリエイターがぽちぽち出ているし、勉強になるだろう。行って色々吸収してくるぞ」
「は、はあ……」
 高めのテンションで滔々と語る部長に、雅樹は困ったような生返事を返した。
 何となくアニメとか好きだから、という程度の軽い感覚で動画部に籍を置いている自分に、このミッションは少々荷が勝ちすぎなように思えた。
「それに、向こうにはうちと違って女子部員がいるらしいぞ。もしかしたら運命の出会いってやつがあるかもしれん。どうだ? これは魅力的だろう」
「え、ええ、まあ……」
 鼻息を荒くする部長に対し、雅樹の返事はますます生っぽいテイストが強くなる。
 いくら相手に女子部員がいるといっても、それがアニメだのラノベだのに出てくるような、いわゆる「運命の出会い」につながるとは到底思えない。雅樹にとっては、そんな都合のいい展開などまさに二次元だけの話でしかなかった。
 それでも、一応は部会を通して決まったことを断るわけにもいかず、雅樹は照りつける夏の陽射しを全身に浴びながら、待ち合わせ場所へと足を運んだ。
「あ、部長。どーも」
「お、藤坂も来たか。よし、これで全員だな。向こうは少し遅れるそうだから先に店に入って待つことにしよう」
 会場は、本業は居酒屋だが昼は定食屋もやってますといった感じの、小さな店。
「やあ、どうも。遅れまして」
 小上がりに入ってしばらく待つうちに、F大映像研究会の面々がぞろぞろと姿を見せた。
「あれ……もしかして、雅樹?」
 五人の真ん中に座った雅樹に、正面から声がかかる。
「み、美由?」
 目の前で驚きの表情を浮かべていたのは、匂坂美由(さぎさかみゆ)だった。
 小三の春に転校してきて、夏休みの終わりまでをともに過ごした。クラスで席が隣になり、家も近かったため、毎日のように一緒に遊んだ女の子だ。
「うわー、ほんとに雅樹だ。あっはは、すごーい。久しぶりだねー」
「あ、ああ……」
 ぱっちりした瞳をきらきらと輝かせる美由に対して、雅樹は呆然としたままなかなか事態を飲み込めない。
(……あ)
 録画映像を巻き戻すように記憶が遡り、あの日の思い出が一気に頭の中を駆け巡った。

 十年前の、八月。
 夏の夕陽に包まれた、秘密基地。
 学校近くの裏山にある、洞窟とも言えないくらいのささやかなくぼみが、いつも二人だけの遊び場だった。
「引っ越すの」
 壁面に背をもたらせ、遠くを見つめながら美由は言った。
「な、何で?」
「お父さんの仕事の都合。いつものことだけど、今度は少し早くて……」
 並び立つ雅樹の問いにも淡々と、目を合わすことなく答える。
「そ、そんな……」
「だから、今日でお別れ」
 言葉を失う雅樹にそう言ったところで、美由の目から、すーっと一筋の涙がこぼれた。
「約束、してくれるかな? 雅樹」
 親指でそっと涙を拭うと、美由は笑顔を作ってまた語りかける。
「十年後に、この八月に、また会おうって。そしたらその時は、わたしも雅樹ももっと大きくなっていて、自分達の意志でずっと一緒にいられるはずだから」
 時間にすれば、ほんの数秒。
 いっぺんに大人びた美由の顔に目と心を奪われながら、雅樹は何度も頷いた。
「分かった……分かったよ、美由。約束する。十年、待ってる。絶対、忘れない」
「うん。ありがとう、雅樹。約束だよ」
 美由はにっこり微笑むと、雅樹にそっと顔を寄せる。
「え?」
 何とも言えない甘く柔らかな感触が、雅樹の頬に残った。
「じゃあね。わたし、もう行かなきゃ」
 精一杯の笑顔で手を振り、去っていく美由。
「……」
 逆光に向かって駆けていくその背中を、雅樹は頬に手を当てながら、ただ呆然と見送るしかなかった。

(ま、まさか……)
 こんなことが、本当にあるのだろうか。
 数合わせ程度の軽い気持ちで参加したのに、とてつもない、奇跡のような巡り合わせを体験してしまった。
「……」
 雅樹が眼前に座る女の子を、改めてまじまじと見つめる。
 艶のある長い黒髪は昔のままだが、前髪が眉の上で切り揃えられ、いわゆる「ぱっつん」になっているのが特徴的だ。やや丸めの顔にくりっと大きな両瞳が、愛らしい小動物の佇まいを連想させる。小さめの鼻と潤んだ唇もバランスよく配置されており、外見的にはかなり可愛い部類と言って差し支えないだろう。ゴスロリ風の衣服に包まれた身体は細め。すらりと伸びた足に、ピンクと白のストライブがあしらわれたニーハイがよく似合っている。
(もしかしたら……)
 美由も、あの約束を覚えているかもしれない。
 雅樹はふと、そう思った。
 全くの偶然ではあったが、今年はちょうど十年目。そして約束の、八月。
「ん? どしたの雅樹? ぼーっとして」
「あ、ああ。ちょっとな。昔のことを思い出して。別れ際にした、約束とか……」
 心臓が破裂しそうなほどの緊張感を必死に隠し、雅樹がさりげなく話題を振った。
「約束?……うーん、何だろ。何しろ昔のことだからねー、わたしあんまり覚えてないやー。ごめんねー。あっはは」
「そ、そっか、そうだよな。ははは」
 心の中でかなりの落胆を覚えながらも、雅樹はそれを悟られないように笑ってごまかす。
「え? なになに? 姫って彼と知り合いなの?」
 美由の横から話に割り込んできたのは、どことなく口調の上ずった銀縁メガネの男。
(……ひ、姫!?)
 まさかの呼称に目を見開く雅樹をよそに、美由が微笑みながら口を開いた。
「うん。小学校で同じクラスだったんだ。わたしがすぐ引っ越しちゃって、一緒だった時間は全然短いんだけど」
「へー、そうなんだ。あ、俺、武田。よろしく。あとはそっちから」
「どうも、藤井っす」「は、初めまして、中村です」「……遠藤」
 美由の両横に控えるむさ苦しい男達が、それぞれの口調で挨拶を済ませる。
「よーし、じゃあこっちも名乗ろうか」
 部長の発言から、今度はH大側の自己紹介という流れになった。
 それが終わる頃には固かった場の空気も大分ほぐれ、話が徐々に盛り上がり始める。
「それにしてもこの話、すんなり受けてくれるとは思わなかったよ。よそは返事が遅くてね」
「そうなんですか? うちは姫が行きたいって言ったらその時点で満場一致の賛成になるんですぐ決まりましたけど」
 部長の言葉に、武田が応じた。
「美由……姫って、呼ばれてるのか?」
 雅樹はそっと尋ねてみる。
「うん。武田くんだけじゃなくてみんなそう呼んでくれてる。外で他の人に聞かれるのは少し恥ずかしいんだけどねー。あっはは」
「何言ってんの。姫は姫。俺達四人は全員、姫に絶対の忠誠を誓ってるんだから。な?」
 頬を赤らめる美由の横から言い放つ武田に、他三人が無言で頷いてみせた。
「ありがとー。わたしもみんなのこと大好きだよー」
「……」
 のろけるような美由の言葉に言い知れぬもやつきを感じて、雅樹はぐっと口をつぐんだ。
 ――その後も、和やかに話は続いたが、
「それにしてもF大の映像研究会って凄いよね。名門なんでしょ?」
「いえいえ。昔はともかく、今はこの五人で細々とやってますって感じなんで。別に映画とか撮ってるわけでもないし、名門だとかいっても実際はただの小規模オタサーなんですよねー、わたし達。あっはは」
「……」
 昔とは違う妙にわざとらしい調子でけたけたと笑う美由に、雅樹は会話の合間をぬって時々ちらちらと複雑な目線を送るのであった。

          *       *       *

 昼食を取りながらの会合はつつがなく終わり、それぞれ連絡先を交換したうえで解散、また今度ということになった。
 そして、その日の夜。
「ん?」
 家でごろごろしていた雅樹のスマホに、登録したてのアドレスからメールが届いた。
「美由……?」
 すぐに開封してみる。
『昼はおつかれー。今大丈夫?』
『お疲れ。大丈夫、暇してた』
 急いで返信。
『突然なんだけど今から来れない? わたしんち』
「……は?」
 返事より先に、声が出た。
『どうした? 何かあった?』
 それでもすぐに、そう返す。
『雅樹に直接話したいことがあって。住所ここなんだけど、来れる? 無理かな?』
 美由からのメールには、細かい住所と地図の画像が添付されていた。
「……」
 雅樹は少しの間、黙って考え込む。
 唐突な頼みではあったが、行かないわけにはいかなかった。もしかしたら、美由があの日の約束を思い出したのかも。そう思っただけで、雅樹としてはいてもたってもいられなくなる。
『いや、行くよ。ここならすぐだと思う』
『分かった。待ってる。鍵は開いてるからそのまま入ってきて。呼び鈴もなしでいいから』
(何なんだ? 一体……)
 不可解な美由の言葉に首を傾げながらも、とにかく雅樹は支度を整え、家を出た。
「えーと……」
 美由の家は本当に近かった。電車で二駅、全行程を合わせても三十分かからない場所だ。
(ずっと、離れ離れだったのにな……)
 やはり自分と美由の間には、何か特別な縁があるのかもしれない。知らず知らずの不思議な巡り合わせに、雅樹はふっと笑みを浮かべる。
「ここか」
 メールに記された住所に建っていたのは、学生向けの小さなアパート。
「お邪魔します……美由?」
 番号をしっかり確認してから、雅樹が慎重な足どりで部屋の中に入った。
 ――だが。
「!!」
 いきなり視界に飛び込んできたのは、目を疑うような光景。
「ん、んっ、んん、んんーっ!」
 全裸の男四人に一人その肉体を捧げる、美由のあられもない姿であった。
 仰向けの武田に後ろ向きの騎乗位で挿入されたまま、横に立つ藤井と中村の一物を左右の手で同時にしごき、さらには正面に突きつけられた遠藤のペニスを深く咥え込んでねっとりとしゃぶり回している。
「なっ……んなっ……」
 薄汚い肉の棒に蹂躙される美由を目の当たりにして、雅樹はそう絶句するよりなかった。
「あ、来たね、藤坂くん」
 武田が首だけをひょいと上げて雅樹の姿を視認すると、
「じゃあ、ぼちぼち」
 下からせっつくように美由を突き上げ、軽い調子で声をかける。
「ぅう」
 遠藤の剛直を口から離さぬまま小さく頷くと、美由が全身をフルに動かし始めた。
「んっ、んっ、んっ、んっ、んっ、んっ!」
 口で、両手で、そして、性器で。
 四本の肉棒をまとめて味わいながら、反応を確かめるように男達の様子をちらちらと窺う。
(な、何だよ……何だよ、これ……)
 雅樹は、まるっきり訳が分からなかった。思考回路が急激に鈍って、状況への理解がまるで追いつきそうになかった。
「美、由……」
 見えない力に引きずられるように、ストライブのニーハイ以外全て脱ぎ捨てた美由の身体に視線を張り付かせる。
 美由の胸は小ぶりで、騎乗位といってもそれほど揺れているわけではなかった。無駄な肉のない体型はスレンダーで美しいが、性的な魅力にはやや欠けるようにも見える。
 ――なのに。
「んん、うー、んぐ、んっんっんっ!」
 苦しそうな息遣いで、それでも恍惚の表情を浮かべながら四人に尽くす美由の姿は、とても淫靡でいやらしいものに感じられた。
「くっ……!」
 一瞬、激情が雅樹を襲う。
 この四人を払いのけて、白馬の王子様よろしく美由を救い出してやろう。
 そんな焦げつくような衝動が、めらめらと胸の奥から湧き出てくるのを感じた。
(でも……)
 艶々の長い黒髪を振り乱しながらぐりんぐりんと腰を回し、両手と口を同時に動かす美由の痴態を食い入るように見つめる。
(それで……いいのか?)
 その問いに対する適切な答えは、浮かんでこなかった。
 十年後、また出会えたらあんなことをしよう。
 もし一緒にいられるなら、こんな話をするんだ。
 その程度の回答なら、とっくの昔に用意していた。しばらく忘れていたとはいえ、その気になれば心の引き出しからすぐに引っ張り出すことができるだろう。
 だが、こんな異様な状況など、はなから想定しているはずもない。
 十年という長い年月を経て再会を果たした幼なじみの変貌を前に、雅樹はあまりにも無力な存在でしかなかった。
「っ……」
 結局雅樹は、根でも生えたように足をすくませたまま、その場を動くことができない。
「よし、じゃあ今日は俺が中出しするから。藤井と中村は顔、遠藤は飲ませて。タイミング、合わせろよ」
 武田の指示に他三人が頷き、それに合わせて美由の動きもさらに激しく加速していく。
「あっ」「くっ」「うぉ」「っ」
 男達の射精は、ほぼ同時だった。
「ん、んんんーーーっ!」
 四人がくぐもった呻き声をあげた直後に、美由も身体を震わせながら絶頂を迎える。
「ふ、うふ……ふぅん……」
 藤井と中村の精液で白く汚れた顔を性の悦びに蕩けさせながら、美由は遠藤の白濁を残さず飲み干し、武田の精子を膣内に迎え入れた。
「……」
 目の前に広がる残酷なほど淫猥な光景に、雅樹は一言も発することのないまま、ただ呆然と立ち尽くすばかりであった。


「じゃあ、今日はこれで」
 武田を先頭に、四人の男達がそそくさと帰っていく。
「……」「……」「……」「……」
 すれ違いざま、それぞれがそれぞれの――しかし、概ね冷ややかな――目線で雅樹に一瞥をくれたが、そこに言葉はなかった。
 あとに残されたのは、雅樹と美由の二人だけ。
「ごめん。わたし、ちょっとシャワー浴びるから、その辺に座って待ってて」
 小さな声でそれだけ言い残すと、美由は雅樹の返事を待たずに浴室へ入った。
 ほどなく古めの給湯器から不規則な燃焼音が響いて、しぶきがガラスの戸をぱしゃぱしゃと叩き始める。
「……」
 その音を、雅樹は何の考えを巡らせることもないまま、無感情に右から左へ聞き流した。
「ふう、すっきりした……って、あれ? 雅樹、まだそこに立ってたの?」
 シャワーを浴び終え、薄手のTシャツにショートパンツ姿で部屋に戻ってきた美由が驚いたように声をあげる。
「お、お前……いつも、こんな……」
 雅樹がやっとのことで、自分の気持ちを言葉にして吐き出した。
「……うん」
 にこやかだった美由の表情が、がらりと変わって真剣になる。
「やらせてあげてるよ。みんながやりたい時に、好きなだけ」
「!」
 雅樹の心臓が、弾け飛びそうになった。
「四人一緒の時もあるし、一対一の時もあるけど、基本は自由。あっちは四人で色々取り決めしてるみたいだけどね。順番とか回数とか」
「い、いいのか? そんな……」
 クッションに座り、首にかけたバスタオルで髪を拭きながら淡々と語る美由に、雅樹が絞り出すように尋ねた。
「うん。一生懸命わたしのことをちやほやしてくれてるんだもん、ちゃんとお礼しといた方がいいでしょ?」
「お、お礼って……」
 言葉に詰まる雅樹に、美由がふふ、と笑いかける。
「武田くんが言ってたでしょ? 普段は四人全員、わたしに絶対の忠誠を誓ってくれてるの。でもその代わり、エッチ方面に関してはわたしがみんなの忠実なしもべになる」
「な、何で、そんなことに……まさか、無理矢理とかじゃ――」
「ううん。それはないよ。本当にない。むしろわたしが言い出したことなの。最初は四人とも困ってたんだから。きゅ、急にそんな話されても、とか言って」
 少し強い口調で雅樹の言葉を否定すると、美由はおかしそうにそう語った。
「お、オタサーの姫、だっけ? それってみんな、こうなのか?」
「それちょっと雑にくくりすぎだよ、雅樹。本当にプラトニックな姫もいると思うし……まあもっと打算的な人も多分いるんだろうけど……とにかく、あくまでわたし達はこんな感じってだけの話ね」
「じゃ、じゃあ、何で……?」
「わたし、引っ越しが多かったから。それは雅樹も知ってるでしょ?」
「あ、ああ……」
「雅樹とお別れした後もあちこち転々としてね。行った場所全部言えるか、今ではもう自信がないくらい」
 美由が苦笑気味に肩をすくめる。
「結局高校卒業までそんな感じ。友達を作るとかそんなのすっかり諦めちゃって、ずっと独りぼっちだった。暇さえあれば映画館に通って、お小遣いがなくなったらあとは図書館。そんな毎日だった」
 でも、と言葉が続いた。
「どうにか大学に入って一人暮らしを始めて、自分の力で色んなことができるようになった。そんな時に、みんなと出会ったの」
 嬉しそうに、破顔。
「なんかね、すっごい自分が求められてるような気がした。孤独が、あっという間に埋まっていく感じで、幸せだった。本当、あの四人にはいくら感謝してもしきれないと思ってる」
「……だから……お礼か」
「うん。わたしにできる、精一杯」
 震えを必死に抑えながら紡がれた雅樹の一言に、美由はあっさりそう返した。
「まあ、こんな貧素な身体でいいのかよってのはあるんだけどね。あっはは。でも最初の時、みんなすっごい喜んでくれた。わたしも初めてで、向こうも全員初めてだったみたいだけど、もうむちゃくちゃいっぱい出してくれて、身体中真っ白のべっとり」
「……」
 雅樹の胃が、きりきりと痛む。
「何で……何で、俺を呼んだ?」
「やっぱり、雅樹には言っとかないといけないかなーって」
 昔の面影を残す顔で、ふっと美由が笑った。
「実はね、わたし、雅樹と過ごした頃のこと、ちゃんと覚えてるんだ」
「!」
 雅樹の心臓が、どくんと大きく跳ねる。
「あの秘密基地も、お別れの日のことも、何もかも、全部」
「じゃ、じゃあ、約束も?」
 美由の言葉尻にかぶせ気味で、雅樹が聞いた。
「うん。十年後の八月、また、会えたね。雅樹」
 ようやく、雅樹の知っている、美由。
「だったら何で、さっき……」
「うーん、なんかもうあまりにピュアすぎてねー、あの頃のわたし。もしかしたら振り返って今の自分と比べるのが嫌でさ、咄嗟に嘘ついちゃったのかも。ごめんね」
 ぺろりと舌を出して雅樹に応えると、美由はさらに続けた。
「でも、今さら昔の自分を演じることなんてできないし、雅樹に嘘をつくのも嫌だったから、もうこの際全部さらけ出しちゃおうかなって」
「だ、だからって……」
 雅樹の顔が、苦しそうに歪む。
「うん。いきなりあんなの見せられたらびっくりだよね。ていうかどん引きだよね。ごめん。最初は四人に事情を話して、その上で雅樹と話をするつもりだったんだけど、武田くんが急にエッチしたいって言い出して、みんなもそれに賛成して……ほら、わたしってば忠実なる性のしもべだから」
「……」
 冗談めかして笑う美由に、雅樹はただ顔を強張らせることしかできない。
「信じ、られないよ……」
 それでもどうにか、胸の内から言葉を引っ張り出す。
「信じられない、じゃなくて、信じたくない、じゃない?」
「……」
 雅樹に、返す言葉はなかった。美由の鋭い指摘は、まぎれもなく事実だった。
「じゃあ……」
 美由が、雅樹の目を正面からじっと見据える。
「雅樹も、わたしと……してみる?」
「!」
 雅樹は目をかっと見開いたまま、全身を硬直させた。
「っ……」
 自分の中に湧いて出る感情の正体が何なのか、それさえ分からぬまま歯がゆそうにぎり、と唇を噛む。
「もうね、あの日の匂坂美由はいないんだよ。純粋に君のことを想って、呆れるほど気の遠い約束を交わしたあの女の子は、もうどこにも存在しない。わたしが言えた義理じゃないけど、雅樹にはそれを分かってほしい。現実を……今のわたしを、見てほしいの」
 静かな、ほとんど子供を諭すような口調で美由が語った。
「……」
 一方雅樹に、言葉はない。
「それに今のわたしを……オタサーの姫になって毎日みんなとエッチしてるわたしを知れば、雅樹も何かが変わるかもしれないよ。吹っ切れちゃったりなんかしてさ。そしたら、お互いに新しい付き合い方が見えてくるかもしれないし」
「……」
 どこか願望の臭いがする美由の言葉を聞きながら、雅樹は顔を上げ、安普請の天井をじっと見つめた。
 正直、迷った。
 どんな状況であれ、美由が魅力的であることに変わりはない。
 それに、もしかしたらあの四人から美由を取り返すことができるかもしれないという微かな期待も、心の底になくはなかった。
 いや、むしろ今ここで、自分が何とかしなければいけない。
 そんな気負いが、脳天から足の指先に至るまで、びりびりと電流のように流れる。
 だが、しかし――。
「ダメだ」
 結局雅樹は、首を横に振った。
「俺には、できない。そんなことするくらいなら、思い出は思い出のまま、眠らせておく方がいいと……俺は、思う」
「……」
 美由から返ってきたのはしばらくの沈黙と、どこか感情の薄い、視線。
「思い出は思い出のまま眠らせておく、か……」
 雅樹の言葉を反芻するように繰り返すと、美由はふふ、と声をあげて笑った。
「ほんと、変わらないね、雅樹。その真面目なくせして妙にロマンチックなところ」
「う……」
 慈しむような、それでいてどこか芯の冷めた目で、美由が雅樹を見つめる。
「じゃあ、これでお別れかな」
 潤んだ唇からこぼれたのは、そんな一言。
「お互いメアドも番号も削除、家の場所は……まあ忘れてってことで」
 そう続けた美由の顔には、もう雅樹の知らない笑みが当然のように張り付いていた。
「分かった……じゃあ、元気で」
「うん、雅樹も」
 美由の言葉を背中で受け、雅樹は玄関を出る。
 そっとドアを閉めて、気配を消すように音もなく何歩か進んだところで、ふと足を止めた。
「……」
 振り返ることなく、そのまま目だけを閉じる。

「十年後に、この八月に、また会おうって。そしたらその時は、わたしも雅樹ももっと大きくなっていて、自分達の意志でずっと一緒にいられるはずだから」

 瞼の裏に浮かんだあの日の美由が、夏の蜃気楼のようにふっとどこかへ、消えていった。



※おまけストーリー『思い出の君、今いずこ ――If――』はこちらから!
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[ 2015/01/20 00:26 ] プチNTR | TB(-) | CM(0)
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