* * *
「ふう……」
湯気でかすんだ自宅の狭い風呂場に、希恵子のため息が響いた。
(あんな真似まで、させられるなんて……)
黛との行為が、まさまざと思い出される。
あの短時間に、自分は淫らな娼婦に仕立て上げられてしまった。
はしたなく男に身体を差し出すことに悦びを覚える。そんな卑しい女に貶められてしまったような気がした。
「……」
平らなプラスチックの椅子に座り、特売品のボディーソープで身体を洗いながら、希恵子はさらに考え込む。
もちろん、職業に貴賎はないということくらいは理解している。
実際、ああいう仕事をしている女性にも、それ相応の意地や誇りは存在するのだろう。
人には誰でも自分の考えがあって、それを外野がとやかく言うのは筋違いでしかないのだ。
「そう、よね……」
自分に言い聞かせるように呟きながら、希恵子がぎゅっと強くスポンジを絞る。
質のよくない泡が染み出て、日々の家事でささくれた手にぶじゅっとまとわりついた。
(でも、やっぱり……)
安っぽい香りにまみれた自らの両手を、じっと見つめる。
「っ……」
涙が、こぼれそうになった。
行為自体も屈辱的だったが、それ以上に黛を喜ばせることに必死になってしまった事実が、たまらなく嫌だった。
そうなってしまった自分を、許せそうになかった。
「和臣、さん……」
すがるように、今日も残業で遅い夫の名を呼ぶ。
今日は、無性に和臣に抱かれたかった。
そうすることで和臣からの、そして和臣への気持ちを、確かめたかった。
あの黛匡一という下賤な男に汚された自分の全てを、揺るぎのない清らかな愛情で消毒してもらいたいと思った。
「……うん」
今夜は、自分から求めてみよう。
むんにゅりとすくい上げた乳房を手始めに、希恵子は全身をいつもより丁重に、念を入れて洗った。
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