――深夜。
消耗して光の弱くなったドーナツ型の蛍光灯にぼんやり照らされているのは、二人で並んで眠るにはやや狭い、六畳の和室。
「ごめん……」
くたびれたせんべい布団の上では、パジャマ姿の和臣があぐらをかきながら、気まずそうな表情でうつむいていた。
「本当に、何で……」
三年間一度も立ち上がらなかった一物は、この日もやはり言うことを聞いてくれなかった。主の頭と同様にしょんぼり下を向いたまま、徹頭徹尾、一ミリたりとも動こうとしない。
「今日はせっかく、希恵子さんから……」
「ううん……いいの」
向かい合って座る希恵子が、落ち込む和臣を慰めるように微笑んだ。
「お仕事で疲れてる……のよね? ごめんなさい、いきなり変なことお願いしちゃって」
悪いのは自分だから、とでも言いたげに、優しい口調で言葉をつなげる。
(そう……)
元々これは、自分のわがままなのだ。
夫は自分のために汗水たらして一生懸命働いてくれている。それで十分という気持ちに嘘はないし、そもそも自分がこの人に求めているのは身体のつながりだとかそんな浅薄なことではなく、もっと本質的な部分の絆だ。
(でも……)
だからといって、このまま眠ることはできそうにない。
今日は、今晩だけは、何か証が欲しかった。
決して切れることのない心と心の結びつきを確かめながら、安らかな気持ちで眠りについて明日を迎えたかった。
その、ためには。
「じゃあ……」
希恵子がそっと、和臣に手を差し伸べる。
「……?」
一瞬戸惑った和臣だが、すぐに希恵子の意を諒解した。
そっと希恵子の手を取ると、ひょろりと細い指を絡ませ、しっかりと握り締める。
「ありがとう、和臣さん」
「?……あ、ああ……」
結婚して以来、いや、知り合ってから初めて見る希恵子の甘えた姿に、和臣は不思議そうな顔で首を傾げた。
「ふふ、和臣さんの手、あったかい」
希恵子が布団に入って、そっと目を閉じる。
「そ、そうかい? 改めて言われると何だか照れるな」
空いた手で、和臣が痩せた頬をぽりぽりと掻いた。
「ふう……何だかこういうの、久しぶり」
そう言って子供のような笑みを浮かべたかと思うと、希恵子は手にきゅっと力を入れ、ふと真顔になる。
「わたしのこと、離さないでね。和臣さん」
「あ、ああ」
「……ほんとよ?」
「大丈夫。ずっとこうしているから、安心しておやすみ」
「……ありがとう」
希恵子が目をつぶったまま、穏やかに笑った。
やはり、この人だ。
そう、思った。
手を握っているだけで安心して、幸せで。
世界中どこを探し回っても、こんな人は他にいないだろう。
間違いない。
自分には、この人しか、いない。
「おやすみなさい、和臣さん」
希恵子が、ぽつりと囁いた。
時間、空間、温もり、気持ち。
そこにあるもの全てを壊すことのないように、そっと。
「おやすみ、希恵子さん……」
和臣もまた、妻を愛おしむようなささやかな小声で、優しく応じる。
「……すぅ……」
夫婦の寝室に響くのは、希恵子の安らかな寝息のみ。
夜の静寂に見守られた二人だけの時が、ただ静かにゆっくりと、流れていった。
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