とある社宅の、一室。
八畳ほどの手狭なリビングでは、二人の男が床に置かれた小さな丸テーブルを挟んでの差し向かいで酒を酌み交わしている。
「ほら、もっと飲めよ」
スウェット姿の見城哲志(けんじょうてつし)が、眼前の男にビール瓶を突き出した。
「う、うん」
上着を脱いでネクタイを外したスーツ姿の樋口覚(ひぐちさとる)は、困ったような笑顔を浮かべながら、空のグラスをおずおずと差し出す。
瓶が傾き、すっかり温くなった黄金色の液体がこぽこぽとグラスを満たした。
「大体なあ」
覚の顔に人差し指を突きつけながら、哲志がずけずけと語り出す。
「お前は全体に覇気がなさすぎる。行動が足りんのだ、行動が。この前の件だってそうだぞ。〇〇商事とのプロジェクト。あれ、俺が助けてやんなかったら危なかっただろ」
短めの髪にがっしりした身体つきで、いかにも体育会系といった雰囲気を漂わせる哲志は、口調や声までどことなく筋肉質。
「うん。そうだね。その通りだ」
一方の覚はといえば、線の細い優男風で、明るい暗いで分けるなら確実に後者という感じの風貌をしていた。
「俺達も今年で入社十年目、いよいよ勝負どころなんだ。これまでは同期のよしみであれこれ面倒見てやったけど、これ以上俺の足を引っ張るようなら本気で見限るぞ、お前のこと」
「はは、それは怖いな」
尊大な態度で言い放つ哲志に、感情の薄い曖昧な微笑みで応じる覚。そんな二人の様子は、まるでガキ大将とその舎弟のようにも見える。
「ちょっと、哲志」
台所から出てきて、追加のビールをテーブルに置いたのは、見城の妻、晶葉(あきは)。
ぴったりしたニットのセーターと細いジーンズが、滑らかな身体の曲線を優雅に際立たせていた。背中まで伸びる栗色混じりの髪は利発な瞳や釣り気味の眉と相性がいい。通った鼻筋や潤いのある唇と相まって、見た目としては可愛いというより正統派美人の佇まいだ。
「もうやめなさいよ。失礼じゃない」
「何だよ、本当のことだろ。俺がいなきゃどうしようもないんだよ、こいつ」
覚を気遣うようにちらちらと見やりながら夫の袖を引く晶葉だが、酒の力ですっかり饒舌になった哲志に止まる気配はない。
「いいか、樋口。物事は何だってやればできる」
「うん」
「できないのは努力と行動が足りないからだ。信念を持って恐れることなく飛び込めばいい。そうすれば自然と道は開けるんだ」
「うん、うん」
延々と続く哲志の説教を、覚はただ静かに笑って受け止めるばかりであった。
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